エイラとジュードは暫くの間放置され、荒れてしまった畑を元通りにするため手入れを始めた。
 残っていたまだ食べられそうな野菜を収穫した後、エイラは雑草を抜き、ジュードは鍬で土を耕す。

「ジュード、畑仕事とかしたことあるの?」
「いや、ない」
「やっぱり。そうだよね」

 王都に住んでいた貴族のジュードがこんな畑仕事なんてしたことはないだろうと思いながらも、慣れない手つきで汗をかき、一生懸命に土を耕すジュードに自然と笑みが溢れる。

「何笑ってるんだよ」
「ううん。ジュードってあんまり貴族っぽくないなと思って」
「バカにしてる?」
「違うよ。親しみあるなぁって」
「父上も、平民出身だったから」
「そっか。王都では学校?とかは行ってなかったの?」

 村では大人が子どもたちに読み書きを教えていた。王都や大きな町村では学校があり、子どもたちが集まり学ぶ場があるのだと聞いていた。

「俺は十五になったら騎士団に入ると決めていたから学園には行ってない。その代わり家庭教師がいたけど」
「家庭教師……やっぱりジュードってお坊っちゃ……」

 エイラはお坊っちゃんと言いかけて慌てて口をつぐむ。ジュードは聞かなかった振りをして作業を続けた。

 暫く二人で畑の手入れをしていると、遠くからエイラの名前を呼ぶ声が聞こえる。エイラが顔を上げて声のする方を見るとそこにはハルがいた。

「ハル! いったいどうしたの?」

 エイラは立ち上がり、ハルのところへ駆け寄る。ジュードはそのまま畑に残りエイラを見送った。

「どうしたのって。エイラがたまには村に帰って来いって言ったんだろ?」
「そうだったね。あっ!」
「あ?」
「ハルのお墓、片付けるの忘れてた……」

 エイラは以前と同じようにへへ、と笑いながら人差し指で頭をかく。

「わかった。俺が自分で片付けるよ。父さんと母さんや村のみんなのお墓参りもしたいし」
「ありがとう。お墓はね、あそこの花畑の奥だよ」

 エイラが指差す方には色とりどりの花が咲いていて、その奥にたくさんの土山と石碑が並んでいる。

「綺麗にしてくれてたんだな」
「ちょうど花が咲く季節だから……」

 じじ様と村のみんなのお墓を造った時、エイラがたくさんお花を植えたいと言った。遺体も、遺骨でさえも焼けて失くなってしまった村の人たちはきっとこの村の色々な場所で眠っている。そんなこの土地を少しでも明るい場所にしたかった。

「ありがとう。エイラ」
「ううん。じゃあ私、畑にいるからハルのお墓好きなようにしてね」

 エイラは畑へと戻り、黙々と畑を耕していたジュードの横で作業を再開した。
 ハルはお墓一つ一つに手を合わせ、オチューグに村が襲われた時のことを思い出す。
 あの時は本当に地獄にでも来てしまったかのような惨劇だった。次々に襲われる村の人たち。自身を守り覆い被さりながら腐敗していく両親。きっとこのまま自分も死ぬんだろうと思っていた時、精霊賢者が現れた。
 助け出され、精霊賢者によって焼き払われていく村を尻目に必死に逃げた。その後、村はもう無いと他の冒険者から聞いた。村の生き残りは自分だけだと思い十年間生きてきた。

「エイラが生きていたなんてな……」

 ハルは自分のお墓の石碑を退けると土山を均し始める。

「これ、使えよ」

 小さな鎌で土山を均してしたハルにジュードが鍬を差し出す。

「ありがと」

 ハルは鍬を受け取ると土山を掘りながらジュードに話しかける。

「お前、王都には帰らないのか?」

 畑に戻ろうとしていたジュードは足を止め振り返った。

「もう少ししたら帰るつもりだけど」
「その時はエイラも一緒に行くの?」

 ハルは本当はさっきエイラに直接聞こうと思っていたが、聞けなかった。村に来る前も、もしかすればエイラは村にいないかもしれないと思っていた。

「いや、エイラは王都には行かないよ」
「そうか。振られたんだな」
「なっ! そんなんじゃない」

 ジュードはエイラに王都に行くことを断われた時、仕方ないと思った。ヘンリーが捕まりモラレス家は当主不在で不安定な状態だ。それに表面上とはいえ、王女の婚約者である自分が他の女性を連れていれば好機の目に晒される可能性もある。それならば全てを片付けてからちゃんと迎えに来ようと決めたのだ。

「ハルはどうなんだよ。昔、結婚するって言ってたって聞いたけど」
「それ、エイラが言ってたのか?」
「いや、違う。この村にいた妖精から聞いた」
「ふーん。まぁ、もしエイラが望むならそうしてもいいと思ってるけど」

 ハルはエイラがそれを望まないだろうと分かっていてそう答えた。

「っ……」

 だが、ジュードは一瞬本当にエイラとハルが結婚することを考えてしまった。エイラとハルがお互いのことを大切に思っていることは分かっている。勝手に自分が迎えに来ようと考えていてもどうするかはエイラが決めることだ。

「自分で聞いといてそんな顔するなよ。俺は村に帰るつもりはないから。エイラがランドールでは暮らせないって言った時点でそれはないよ」

 ハルもエイラのことは大切だ。けれど、今は自分よりもジュードの方がエイラを幸せに出来るだろうと思っている。

「それで、ジュードは諦めるのか?」
「諦めないよ。いつかちゃんと迎えに来ようと思ってる」

 旅が終わって、これでエイラとお別れだなんて考えられない。ずっと、誰かと一緒にいたいと思ったのは初めてだった。どんな形でも側いたいと思っている。

「エイラー!」

 ジュードの話を聞いたハルが突然畑にいるエイラを呼ぶ。

「ん? 何? どうかした?」

 ハルに呼ばれたエイラは作業を止め、ハルとジュードのいる場所へと駆け寄った。

「エイラはさ、一生この村に居るの?」

 ジュードもそれは気になっていた。エイラがこの村に居続けたいと思っているのならどんなに頑張ってもきっと、王都には付いてきてくれないだろう。

「うん……私がいなくなればこの村はもう失くなってしまう。けど、私が生きている間はこの村を失くしたくないの」

 エイラがこの村から出てしまえば村の住民は一人もいなくなる。村の人たちのお墓も畑も、自分が生きているうちはちゃんと手入れをして綺麗にしておきたい。

「でも、一人で寂しくないの?」
「大丈夫だよ。寂しくなったら会いに行くから。ジュードが前に行ったり来たりすれば良いって言ってたし。それに二人も会いに来てくれるでしょ?」

 エイラの屈託のない笑みにジュードとハルも優しく頷いた。
 ハルは自分は村へ帰ってくるつもりはないのに、エイラがここに居てくれることが嬉しかった。生まれ育った故郷があるということだけでこんなにも安心するのだと。
 
 その後、ハルは自分のお墓を片付けると仕事があるからと帰って行った。
 帰り際、ジュードの肩をポンッと叩き耳元で呟く。

「エイラははっきり言わないと分からないから。頑張れよ」

 そう言って笑いながら手を振り去って行った。

――――――――――

 畑の手入れも一通り終わり、ジュードが村に滞在する理由も無くなってきた頃、エイラは何やら一生懸命手紙を書いていた。

「手紙出すの?」
「うん。フィオナさんに。オリヴァー博士の家がどうなったか知りたくて」
「そっか。けど、ここから手紙はどうやって出すんだ?」

 手紙に集中してひたすら下を向いていたエイラはジュードの問い掛けに勢いよく頭を上げる。エイラが手紙を書くのは初めてだった。以前、村人たちがどこに手紙を出していたのかはまだその頃幼かったエイラは知らない。
 その面食らったような顔にジュードは何も考えていなかったのだなと察した。

「俺、そろそろ王都に帰ろうと思うんだ。王都からその手紙出しとくよ。返事が来たらまた届けに来るから」
「本当に?! ありがとうジュード!」

 手紙を出せることにホッとしたエイラは気を取り直して続きを書き始めた。