ルルはエイラとジュードがいるであろう神台へと向かう。
エイラが旅の途中でじじ様に『困ったことがあれば石鎚を退けろ』と言われたことを思い出すかもしれないと思っていた。けれど、エイラは思い出すことはなく、ルルは予定通り一人で終焉の森へ行くことができた。
一人でいる時もエイラがじじ様の言葉を思い出せばきっと終焉の森へ来るだろうということは予想していたことだ。けれど、まさかエマが精霊の源を持ち去ってしまうとは考えもしなかった。
「石鎚が開いてる」
きっと皆、中にいるのだろう。精霊の源はもうほとんどの魔力を失っていた。ここでも精霊の源に自分が宿ることができるはず。
ルルは二度目の洞窟の中へ入った。だが、以前は気にしていなかったことが急に気になるようになった。この洞窟の中には他の妖精が全くいない。その理由はわからないが、ルルはそのまま奥へと進む。
「ルル、待ってたよ」
一番奥の開けた場所にエイラとジュード、エマとフィブがいる。
「ねぇ、精霊の源を返してよ。いらないんでしょ?」
「ルルだって欲しい訳じゃないでしょ」
エイラはいつもルルから力を使い過ぎないように言われていた。歴代の精霊賢者が短命だったことを誰よりも気にしていた。
「ルルが責任を負う必要なんてないよ」
「でも、僕はもう精霊の源が人に宿るのは嫌なんだ」
「ルル、ここにあったじじ様の本は読んだ?」
エイラの腕にはその本が抱えられている。
「僕、本なんて読まないよ」
「そうだと思った」
じじ様が書いたその本には精霊の源が魔力を失った後どうなるかが書かれていた。そして今、精霊の源はその状態にある。
エイラの横に立っているジュードは手のひらをそっと開く。その手の中には結晶化した四つの羽があった。ジュードの手に収まる程の大きさになったそれをエイラはじっと見つめる。
「多分もうこの中には魔力はないと思う」
「それは僕が魔力を還したから……」
「うん。だからもう大丈夫だよ。ルルも本当はもう気付いてるでしょ?」
この洞窟に入った時から感じていたこと。ここには妖精がいない。そして、この空間には魔力がないということ。
「精霊の源がここにあれば、もう魔力を集めて大気を彷徨うことも、人に宿ることもないよ」
「そう、なの……?」
「じじ様の本に書いてあったよ。魔力を失った精霊の源を魔力のないこの洞窟に置いておけば魔力が満ちることはないだろうって」
ルルは自分がしようとしていたことが滑稽に思えた。自分のせいで三度も人に精霊の源を宿してしまったことを後悔した。だから、自分の手で精霊の源を消し去ることに意地になっていた。
「ルル、一緒に帰ろう? ずっと一緒にいてよ」
「でも……」
本当に帰るつもりなんてなかった。精霊の源ごと自分の存在も人との関係を断ち切るつもりだった。
「私は一生ルルと一緒にいるって決めてるの!」
「っ!! エイラにとっては一生でも、僕にとっては短い時間なんだ! 僕はエイラがいなくなった後、また一人になるんだよ!」
ルルは躍起になっていた。僅かな時間を過ごした人のために永遠の時を揺さぶられる。それが怖かった。幸せな時を過ごしたまま別れた方が良いと思った。
そんなルルの様子に痺れを切らしたエマがルルの目の前まで行くと、ルルの頬をおもいっきりビンタした。
「っ……!」
「「!!!!」」
エマの突然の行動にエイラとジュードも驚いている。
「私がいるわよっ!」
「エマ?」
「人間の命は確かに短い。けどね、だからこそ一緒に過ごす時間が宝物になるの。短い命を懸命に生きている人間がいるからこそ私たち妖精は生きている喜びを知ることができるの」
エマはルルの頬を両手で包み込むように触れる。
「ルルは一人になんてならないわ。私がいるから。みんなで過ごした宝物の時間を二人でずっと分けあっていけばいい」
「エマ……」
ルルの瞳からは涙が溢れている。エイラはゆっくりルルへと近づくとそっと手のひらに乗せた。
「ルル、私できるだけ長生きするよ。それでもルルからすれば短い時間かもしれないけど、ずっと後に思い出した時も幸せな時間だったなって思ってもらえるように頑張るから」
「エイラ……ありがとう……」
ずっと黙って見ていたジュードも目頭が熱くなった。そして手の中には探し求めた精霊の源がある。はじめの目的とは少し違ったけれど、この旅を通して精霊の源を手に入れるよりも強くなれたと感じた。
「これ、もういらないよな?」
「ジュード?」
ジュードは精霊の源の器である羽の形をした小さな結晶を地面に置く。そして剣を垂直に構え、勢いよく振り下ろす。
――カンッ
「固いな」
高い音が洞窟の中に響くがその形が崩れることはない。ジュードは何度も剣を振り下ろした。
――カンッカンッカンッ、カキンッ
「「あっ」」
中心を少しずれた時、豆粒ほどの欠片ができた。ジュードはそれを拾うと親指と人差し指で持ち、目の前でじっと見た。
「これは、何でできてるんだろう」
エイラも近寄り一緒にその欠片を見るが、石でもガラスでも鉄でもないそれは見たことのない未知のものだった。
「僕も精霊の源の器が何でできているかは知らない」
じじ様の本にも器が何でできているかは書かれていなかった。オリヴァー博士が魔石で精霊の源を作ろうとしていたが、それも違う。きっと、何からできているかは知らないまま作ろうとしていたのだろう。
「この欠片、俺が持って帰ってもいいかな?」
「どうするの?」
「王都の研究機関で調べてもらおうと思う」
「研究機関?」
王都にも様々な研究機関があり、物質の構造や構成、性質などを調べる研究所もある。
「これが、どうやって造られてどんな性質か分かれば本当の意味で精霊の源を消し去ることができるし、新たに精霊の源が生まれるのを恐れることもなくなる」
「ジュード、そんなこと考えてたんだ……」
「俺も、ルルと同じ。精霊の源によって助けられる命は増えるのかもしれないけど、誰かを犠牲にしなければいけないその力はない方がいいと思う」
そして何より、権力を手に入れるための道具になってはならない。父のようにそれを理由に命を奪われることも。
「知り合いの研究員がいるんだ。精霊の源のことは公にはせずに調べてもらうよ。ルル、いいかな?」
「うん。ジュード、ありがとう」
ジュードは、精霊の源の欠片を胸ポケットに仕舞う。残りはじじ様の本が置いてあった場所に置くと全員で洞窟を出た。石鎚を元の位置に戻し、エイラは手を合わせる。
「じじ様、これで良かったんだよね。ありがとう」
そうしてエイラは精霊の源を手放すという目的を遂げ、ルルを取り戻し、短くも長い旅を終えた。
エイラが旅の途中でじじ様に『困ったことがあれば石鎚を退けろ』と言われたことを思い出すかもしれないと思っていた。けれど、エイラは思い出すことはなく、ルルは予定通り一人で終焉の森へ行くことができた。
一人でいる時もエイラがじじ様の言葉を思い出せばきっと終焉の森へ来るだろうということは予想していたことだ。けれど、まさかエマが精霊の源を持ち去ってしまうとは考えもしなかった。
「石鎚が開いてる」
きっと皆、中にいるのだろう。精霊の源はもうほとんどの魔力を失っていた。ここでも精霊の源に自分が宿ることができるはず。
ルルは二度目の洞窟の中へ入った。だが、以前は気にしていなかったことが急に気になるようになった。この洞窟の中には他の妖精が全くいない。その理由はわからないが、ルルはそのまま奥へと進む。
「ルル、待ってたよ」
一番奥の開けた場所にエイラとジュード、エマとフィブがいる。
「ねぇ、精霊の源を返してよ。いらないんでしょ?」
「ルルだって欲しい訳じゃないでしょ」
エイラはいつもルルから力を使い過ぎないように言われていた。歴代の精霊賢者が短命だったことを誰よりも気にしていた。
「ルルが責任を負う必要なんてないよ」
「でも、僕はもう精霊の源が人に宿るのは嫌なんだ」
「ルル、ここにあったじじ様の本は読んだ?」
エイラの腕にはその本が抱えられている。
「僕、本なんて読まないよ」
「そうだと思った」
じじ様が書いたその本には精霊の源が魔力を失った後どうなるかが書かれていた。そして今、精霊の源はその状態にある。
エイラの横に立っているジュードは手のひらをそっと開く。その手の中には結晶化した四つの羽があった。ジュードの手に収まる程の大きさになったそれをエイラはじっと見つめる。
「多分もうこの中には魔力はないと思う」
「それは僕が魔力を還したから……」
「うん。だからもう大丈夫だよ。ルルも本当はもう気付いてるでしょ?」
この洞窟に入った時から感じていたこと。ここには妖精がいない。そして、この空間には魔力がないということ。
「精霊の源がここにあれば、もう魔力を集めて大気を彷徨うことも、人に宿ることもないよ」
「そう、なの……?」
「じじ様の本に書いてあったよ。魔力を失った精霊の源を魔力のないこの洞窟に置いておけば魔力が満ちることはないだろうって」
ルルは自分がしようとしていたことが滑稽に思えた。自分のせいで三度も人に精霊の源を宿してしまったことを後悔した。だから、自分の手で精霊の源を消し去ることに意地になっていた。
「ルル、一緒に帰ろう? ずっと一緒にいてよ」
「でも……」
本当に帰るつもりなんてなかった。精霊の源ごと自分の存在も人との関係を断ち切るつもりだった。
「私は一生ルルと一緒にいるって決めてるの!」
「っ!! エイラにとっては一生でも、僕にとっては短い時間なんだ! 僕はエイラがいなくなった後、また一人になるんだよ!」
ルルは躍起になっていた。僅かな時間を過ごした人のために永遠の時を揺さぶられる。それが怖かった。幸せな時を過ごしたまま別れた方が良いと思った。
そんなルルの様子に痺れを切らしたエマがルルの目の前まで行くと、ルルの頬をおもいっきりビンタした。
「っ……!」
「「!!!!」」
エマの突然の行動にエイラとジュードも驚いている。
「私がいるわよっ!」
「エマ?」
「人間の命は確かに短い。けどね、だからこそ一緒に過ごす時間が宝物になるの。短い命を懸命に生きている人間がいるからこそ私たち妖精は生きている喜びを知ることができるの」
エマはルルの頬を両手で包み込むように触れる。
「ルルは一人になんてならないわ。私がいるから。みんなで過ごした宝物の時間を二人でずっと分けあっていけばいい」
「エマ……」
ルルの瞳からは涙が溢れている。エイラはゆっくりルルへと近づくとそっと手のひらに乗せた。
「ルル、私できるだけ長生きするよ。それでもルルからすれば短い時間かもしれないけど、ずっと後に思い出した時も幸せな時間だったなって思ってもらえるように頑張るから」
「エイラ……ありがとう……」
ずっと黙って見ていたジュードも目頭が熱くなった。そして手の中には探し求めた精霊の源がある。はじめの目的とは少し違ったけれど、この旅を通して精霊の源を手に入れるよりも強くなれたと感じた。
「これ、もういらないよな?」
「ジュード?」
ジュードは精霊の源の器である羽の形をした小さな結晶を地面に置く。そして剣を垂直に構え、勢いよく振り下ろす。
――カンッ
「固いな」
高い音が洞窟の中に響くがその形が崩れることはない。ジュードは何度も剣を振り下ろした。
――カンッカンッカンッ、カキンッ
「「あっ」」
中心を少しずれた時、豆粒ほどの欠片ができた。ジュードはそれを拾うと親指と人差し指で持ち、目の前でじっと見た。
「これは、何でできてるんだろう」
エイラも近寄り一緒にその欠片を見るが、石でもガラスでも鉄でもないそれは見たことのない未知のものだった。
「僕も精霊の源の器が何でできているかは知らない」
じじ様の本にも器が何でできているかは書かれていなかった。オリヴァー博士が魔石で精霊の源を作ろうとしていたが、それも違う。きっと、何からできているかは知らないまま作ろうとしていたのだろう。
「この欠片、俺が持って帰ってもいいかな?」
「どうするの?」
「王都の研究機関で調べてもらおうと思う」
「研究機関?」
王都にも様々な研究機関があり、物質の構造や構成、性質などを調べる研究所もある。
「これが、どうやって造られてどんな性質か分かれば本当の意味で精霊の源を消し去ることができるし、新たに精霊の源が生まれるのを恐れることもなくなる」
「ジュード、そんなこと考えてたんだ……」
「俺も、ルルと同じ。精霊の源によって助けられる命は増えるのかもしれないけど、誰かを犠牲にしなければいけないその力はない方がいいと思う」
そして何より、権力を手に入れるための道具になってはならない。父のようにそれを理由に命を奪われることも。
「知り合いの研究員がいるんだ。精霊の源のことは公にはせずに調べてもらうよ。ルル、いいかな?」
「うん。ジュード、ありがとう」
ジュードは、精霊の源の欠片を胸ポケットに仕舞う。残りはじじ様の本が置いてあった場所に置くと全員で洞窟を出た。石鎚を元の位置に戻し、エイラは手を合わせる。
「じじ様、これで良かったんだよね。ありがとう」
そうしてエイラは精霊の源を手放すという目的を遂げ、ルルを取り戻し、短くも長い旅を終えた。