ルルは自分がいつ生まれたのか知らない。いつからこの世界にいてどうやって生きてきたか、考えたこともなかった。
ある時、目の前で冒険者の男が契約の儀式をしていた。興味本位で契約するとすぐにルルと名付けられ、マルクスと名乗ったその冒険者との旅が始まった。
――――――――――
「マルクスはなんで冒険者をしてるの?」
「なんでか? それは魔物を倒すためだ」
「なんで魔物を倒すの?」
「ははっ。ルルは今まで本当に人間と関わって来なかったんだな」
マルクスは笑いながら、それでも何も知らないルルを決してバカにすることはなく色々なことを教えてくれる。
「魔物は人を襲うんだよ。俺は魔物によって奪われる命を救いたい。それに人を救ってお金も稼げるなんてこんなやりがいのある仕事他にないぜ」
その頃はまだ様々な森で発生した魔物が森から次々と出て来ては人里を襲い、冒険者や騎士が襲われた場所の討伐に行っていた。
だが、森から次々に出て来る魔物たちは倒しても倒してもきりがないのが現状だった。
「人はどうしてそんなに簡単に死ぬんだろう」
ルルはマルクスと契約し、旅を通して今まで関わって来なかった人とたくさん関わるようになった。時には無惨にも失われた命もある。
「儚いからこそ重く、脆いからこそ強くあろうとするんだ」
「マルクスは死ぬのが怖くないの?」
「怖いさ。できるなら死にたくないね。でも、死ねないのも困ったもんだな」
「どういうこと?」
「もっと人を知ればその内分かるさ」
ルルはマルクスの言葉の意味をあまり深く考えてはいなかった。今まで人と関わってはこなかったが、人と契約していたという妖精には何度も会ったことがある。
契約者にぞんざいに扱われた妖精もいれば、生涯唯一のパートナーとして契約者の命尽きるまで添い遂げた妖精もいる。
そしてどの妖精も口を揃えて言うことが、人の命は短いということだった。
マルクスはそのどちらとも違っていた。ぞんざいに扱われることもなければ、心を通わせ、最高の関係になる、というわけでもなかった。お互いに干渉はせず、それでいてお互いに尊重し共に時間を過ごす。そんな関係だった。
「マルクスは僕のこと好き?」
「なんだよいきなり」
「いや、なんとなく聞いてみたくなったんだ」
「ああ、好きさ。ルルに愛想つかされない限りは生涯パートナーでいて欲しいと思ってるよ」
ルルはマルクスの返答に安心した。気まぐれで契約しただけだったのに、いつの間にか必要とされたいと思うようになっていた。
「良かった。全然そんな風に見えなかった」
「ルル、お前は俺が死んだ後もずっと生き続けるんだ。俺にとっては生涯のパートナーでもルルにとっては一時の関係だよ」
マルクスは死んだ人間のことを引きずる妖精がいることも知っていた。そして永遠に生きる妖精の心の傷は永遠に残る。
「俺が死んだらルルはまた自由に生きろよ」
この話をした後、それがマルクスの口癖になっていた。だが、その言葉もルルはあまり深くは考えなかった。
ある日、魔物に襲われているという村の討伐に向かった。マルクスとルルが村に着いた時、森の外にはほとんど出て来ないと言われるドラゴンが村を襲っていた。
「くそっ! ドラゴンなんて聞いてないぜ」
マルクスとルルは村人を避難させながら必死に対抗するが、村人を守ることだけで精一杯だった。
そして逃げ遅れた村人を背に襲いかかろうとしてくるドラゴンにここまでかと諦めかけた時、マルクスを眩しい程の光が包み込む。光が体の中へ消えていくと、マルクスは今まで見えていなかった全ての妖精が見えるようになった。
「これが噂の精霊の源か」
マルクスは力を存分に使い、あっという間にドラゴンを倒した。
その後、マルクスが新しい精霊賢者だということはすぐに国中に広まり次から次へと討伐依頼が舞い込んだ。
その全ての依頼をこなし、依頼がなくなると自ら森へと行き魔物を片っ端から倒していった。
「マルクス、頼まれてもいないのにどうして討伐に行くの?」
「危険を事前に取り除くのができるやつってもんだぜ」
だが、マルクスは力を使うたびに体が疲弊していっている。ルルはどうしてそこまでして力を使い、まだ人を襲ってもいない魔物を倒しているのか理解できなかった。
「これじゃマルクスが死んじゃうよ」
「いいんだ。人はいつか必ず死ぬ。でも俺は世界中の魔物を倒した精霊賢者として語り継がれるはずだ。人の歴史のなかで永遠に生き続ける。カッコいいだろ」
ルルはマルクスの命があと僅かだということは分かっている。精霊の源を宿さなければもっと長く生きられたはずだ。
「僕はもっとマルクスと一緒にいたいよ」
ルルはもう力を使わないで欲しいとマルクスにお願いしたが、魔物が現れる以上それは出来ないとマルクスはその後も討伐を続けた。
一通り魔物が発生する森の討伐を終えると他の冒険者たちに魔物が森から出て来る前に討伐することを言い残し亡くなっていた。
ルルは初めて契約し、初めて知った人がマルクスで良かったと思うと同時にもう人と深く関わることはやめようと思った。
これから永遠の時を過ごす中で、何度こんな思いをしなければならないのだろう。何度、人の死と向き合わなければならないのだろうと。
ルルはマルクスが亡くなった後、以前と同じように一人ふらふらと色々な場所を彷徨いながら長い時間を過ごした。
だが、マルクスと過ごしたあの時がいつまでたっても忘れられない。そうしているうちにルルは小さな村にたどり着く。そこには冒険者もいない、妖精をないがしろにする横暴な人間もいない穏やかな村だった。
ルルは自然とその村に住み着くようになった。妖精と契約しようとする人はその村には殆どいなかった。
穏やかな村の穏やかな生活を眺めながら、自分のことは見えていない村人が幸せそうにしているこの場所がルルにとって心地良い場所になっていた。
そしてルルがその村で過ごすようになって何年もたったある日、村は悲劇に襲われることになる。
数日間、希にみる大雨が降り続き村に隣接する山は地盤が緩くなっていた。村人は山の斜面を石岩などで懸命に補強していたが、その努力虚しく一気にに土砂が崩れ流れてきて村を襲う。
「誰か、この土砂を止めて!」
ルルが人知れずそう叫んだ時、村の年長者であったメイソンが光に包み込まれるのと同時に氷の壁ができ、村を襲う土砂がせき止められると木の蔓が山を取り囲み雪崩れ込んでくる土砂は止まった。
「精霊の源だ……」
ルルはメイソンの背中の羽を見て、自分が人間に精霊の源を呼び寄せてしまったのだと気付いた。
そしてその時、マルクスに精霊の源が宿ったのも自分が呼び寄せたからだと気付いた。
メイソンはその力を使い山を修復し、強固にすると息を引き取った。
ルルはメイソンが亡くなる直前、自分のせいで精霊の源が宿ってしまったのだと告げる。
メイソンは『私に村を救う力を与えてくれてありがとう』そう言って亡くなっていった。
村を救うことができたことは良かったのかもしれない。けれど、いつも誰かを犠牲にしなければ平穏を守ることが出来ないことがルルには解せなかった。
「力を持ってしまうから自らを犠牲にしてその力を使うのか……」
ルルはその後も村に住み続けた。そして何十年か経った頃また精霊賢者と出会うことになる。それがジュードの父イーサンだった。
オチューグに襲われた村を焼き払い去って行った精霊賢者はもう先は長くないだろうとルルは感じていた。それよりもこの焼け野原に残された二人の村人が痛ましくて仕方がなかった。
四年前に両親を失くし、家族のように過ごしてきた村人も村そのものも失くしたエイラはその幼い体にどれだけの傷を抱えたのだろう。
ルルは少女がこの先どうか幸せな人生を送れるようにと願った。強く、生きて行けますようにと。けれどもそれはルルの思いがけない形で現れてしまう。精霊の源がエイラに宿ったのだ。
「また、僕が呼び寄せてしまったんだ」
ルルは精霊の源の力を恐れた。こんな幼いエイラの体をも蝕み命を削ってしまうのではないかと。
ルルはエイラの側にいることに決めた。エイラの幸せのためならなんでもしようと。そして精霊の源の力によって失われる命がないように自分がどうにかしようと。
「精霊の源がなくたって人は生きていける。精霊の源があるからその力に頼ってしまうんだ」
そしてルルはエイラの幸せを見届けたらもう人と関わるのはやめにしようと心に決めた。それが、三度も精霊の源を人に呼び寄せてしまった自分へと戒めだと思って。
ある時、目の前で冒険者の男が契約の儀式をしていた。興味本位で契約するとすぐにルルと名付けられ、マルクスと名乗ったその冒険者との旅が始まった。
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「マルクスはなんで冒険者をしてるの?」
「なんでか? それは魔物を倒すためだ」
「なんで魔物を倒すの?」
「ははっ。ルルは今まで本当に人間と関わって来なかったんだな」
マルクスは笑いながら、それでも何も知らないルルを決してバカにすることはなく色々なことを教えてくれる。
「魔物は人を襲うんだよ。俺は魔物によって奪われる命を救いたい。それに人を救ってお金も稼げるなんてこんなやりがいのある仕事他にないぜ」
その頃はまだ様々な森で発生した魔物が森から次々と出て来ては人里を襲い、冒険者や騎士が襲われた場所の討伐に行っていた。
だが、森から次々に出て来る魔物たちは倒しても倒してもきりがないのが現状だった。
「人はどうしてそんなに簡単に死ぬんだろう」
ルルはマルクスと契約し、旅を通して今まで関わって来なかった人とたくさん関わるようになった。時には無惨にも失われた命もある。
「儚いからこそ重く、脆いからこそ強くあろうとするんだ」
「マルクスは死ぬのが怖くないの?」
「怖いさ。できるなら死にたくないね。でも、死ねないのも困ったもんだな」
「どういうこと?」
「もっと人を知ればその内分かるさ」
ルルはマルクスの言葉の意味をあまり深く考えてはいなかった。今まで人と関わってはこなかったが、人と契約していたという妖精には何度も会ったことがある。
契約者にぞんざいに扱われた妖精もいれば、生涯唯一のパートナーとして契約者の命尽きるまで添い遂げた妖精もいる。
そしてどの妖精も口を揃えて言うことが、人の命は短いということだった。
マルクスはそのどちらとも違っていた。ぞんざいに扱われることもなければ、心を通わせ、最高の関係になる、というわけでもなかった。お互いに干渉はせず、それでいてお互いに尊重し共に時間を過ごす。そんな関係だった。
「マルクスは僕のこと好き?」
「なんだよいきなり」
「いや、なんとなく聞いてみたくなったんだ」
「ああ、好きさ。ルルに愛想つかされない限りは生涯パートナーでいて欲しいと思ってるよ」
ルルはマルクスの返答に安心した。気まぐれで契約しただけだったのに、いつの間にか必要とされたいと思うようになっていた。
「良かった。全然そんな風に見えなかった」
「ルル、お前は俺が死んだ後もずっと生き続けるんだ。俺にとっては生涯のパートナーでもルルにとっては一時の関係だよ」
マルクスは死んだ人間のことを引きずる妖精がいることも知っていた。そして永遠に生きる妖精の心の傷は永遠に残る。
「俺が死んだらルルはまた自由に生きろよ」
この話をした後、それがマルクスの口癖になっていた。だが、その言葉もルルはあまり深くは考えなかった。
ある日、魔物に襲われているという村の討伐に向かった。マルクスとルルが村に着いた時、森の外にはほとんど出て来ないと言われるドラゴンが村を襲っていた。
「くそっ! ドラゴンなんて聞いてないぜ」
マルクスとルルは村人を避難させながら必死に対抗するが、村人を守ることだけで精一杯だった。
そして逃げ遅れた村人を背に襲いかかろうとしてくるドラゴンにここまでかと諦めかけた時、マルクスを眩しい程の光が包み込む。光が体の中へ消えていくと、マルクスは今まで見えていなかった全ての妖精が見えるようになった。
「これが噂の精霊の源か」
マルクスは力を存分に使い、あっという間にドラゴンを倒した。
その後、マルクスが新しい精霊賢者だということはすぐに国中に広まり次から次へと討伐依頼が舞い込んだ。
その全ての依頼をこなし、依頼がなくなると自ら森へと行き魔物を片っ端から倒していった。
「マルクス、頼まれてもいないのにどうして討伐に行くの?」
「危険を事前に取り除くのができるやつってもんだぜ」
だが、マルクスは力を使うたびに体が疲弊していっている。ルルはどうしてそこまでして力を使い、まだ人を襲ってもいない魔物を倒しているのか理解できなかった。
「これじゃマルクスが死んじゃうよ」
「いいんだ。人はいつか必ず死ぬ。でも俺は世界中の魔物を倒した精霊賢者として語り継がれるはずだ。人の歴史のなかで永遠に生き続ける。カッコいいだろ」
ルルはマルクスの命があと僅かだということは分かっている。精霊の源を宿さなければもっと長く生きられたはずだ。
「僕はもっとマルクスと一緒にいたいよ」
ルルはもう力を使わないで欲しいとマルクスにお願いしたが、魔物が現れる以上それは出来ないとマルクスはその後も討伐を続けた。
一通り魔物が発生する森の討伐を終えると他の冒険者たちに魔物が森から出て来る前に討伐することを言い残し亡くなっていた。
ルルは初めて契約し、初めて知った人がマルクスで良かったと思うと同時にもう人と深く関わることはやめようと思った。
これから永遠の時を過ごす中で、何度こんな思いをしなければならないのだろう。何度、人の死と向き合わなければならないのだろうと。
ルルはマルクスが亡くなった後、以前と同じように一人ふらふらと色々な場所を彷徨いながら長い時間を過ごした。
だが、マルクスと過ごしたあの時がいつまでたっても忘れられない。そうしているうちにルルは小さな村にたどり着く。そこには冒険者もいない、妖精をないがしろにする横暴な人間もいない穏やかな村だった。
ルルは自然とその村に住み着くようになった。妖精と契約しようとする人はその村には殆どいなかった。
穏やかな村の穏やかな生活を眺めながら、自分のことは見えていない村人が幸せそうにしているこの場所がルルにとって心地良い場所になっていた。
そしてルルがその村で過ごすようになって何年もたったある日、村は悲劇に襲われることになる。
数日間、希にみる大雨が降り続き村に隣接する山は地盤が緩くなっていた。村人は山の斜面を石岩などで懸命に補強していたが、その努力虚しく一気にに土砂が崩れ流れてきて村を襲う。
「誰か、この土砂を止めて!」
ルルが人知れずそう叫んだ時、村の年長者であったメイソンが光に包み込まれるのと同時に氷の壁ができ、村を襲う土砂がせき止められると木の蔓が山を取り囲み雪崩れ込んでくる土砂は止まった。
「精霊の源だ……」
ルルはメイソンの背中の羽を見て、自分が人間に精霊の源を呼び寄せてしまったのだと気付いた。
そしてその時、マルクスに精霊の源が宿ったのも自分が呼び寄せたからだと気付いた。
メイソンはその力を使い山を修復し、強固にすると息を引き取った。
ルルはメイソンが亡くなる直前、自分のせいで精霊の源が宿ってしまったのだと告げる。
メイソンは『私に村を救う力を与えてくれてありがとう』そう言って亡くなっていった。
村を救うことができたことは良かったのかもしれない。けれど、いつも誰かを犠牲にしなければ平穏を守ることが出来ないことがルルには解せなかった。
「力を持ってしまうから自らを犠牲にしてその力を使うのか……」
ルルはその後も村に住み続けた。そして何十年か経った頃また精霊賢者と出会うことになる。それがジュードの父イーサンだった。
オチューグに襲われた村を焼き払い去って行った精霊賢者はもう先は長くないだろうとルルは感じていた。それよりもこの焼け野原に残された二人の村人が痛ましくて仕方がなかった。
四年前に両親を失くし、家族のように過ごしてきた村人も村そのものも失くしたエイラはその幼い体にどれだけの傷を抱えたのだろう。
ルルは少女がこの先どうか幸せな人生を送れるようにと願った。強く、生きて行けますようにと。けれどもそれはルルの思いがけない形で現れてしまう。精霊の源がエイラに宿ったのだ。
「また、僕が呼び寄せてしまったんだ」
ルルは精霊の源の力を恐れた。こんな幼いエイラの体をも蝕み命を削ってしまうのではないかと。
ルルはエイラの側にいることに決めた。エイラの幸せのためならなんでもしようと。そして精霊の源の力によって失われる命がないように自分がどうにかしようと。
「精霊の源がなくたって人は生きていける。精霊の源があるからその力に頼ってしまうんだ」
そしてルルはエイラの幸せを見届けたらもう人と関わるのはやめにしようと心に決めた。それが、三度も精霊の源を人に呼び寄せてしまった自分へと戒めだと思って。