次の日、エマの魔法は使うことなく自分の足で歩き、半日程で終焉の森に着いた。
「奥の方で光っているものはなに?」
森は中では所々、小さな光がキラキラと宙を舞っているのが見える。
「あれは、森に還っている姿を失くした妖精たちの魔力だよ。少しずつ魔力が吸い込まれて消えていくんだ」
フィブは以前この森に来た時、森に還っていく妖精たちがどうなるのかを知った。
そして、もう他の妖精たちを見ることができなくなったエイラにもその光は見えている。
「きっと、ルルはここにいるよね?」
エイラは不安になりながらも森の奥へと進んで行く。
「あっ! 聖獣がいるよ」
「妖精だけじゃなくて魔力を持つもは全て、魔力を手放すことでこの森に還ることができるのよ」
少し先にはこちらをじっと見る聖獣がいる。だが、その聖獣はエイラとジュードを気にすることなく目の前にある大樹を見上げ目を瞑ると、少しずつ光の粒を体から放つ。大樹にその光の粒が吸い込まれていくと聖獣は少しずつ姿を小さく、曖昧にしていく。そしてその姿は形を失くし全てが光の粒へと変わった。
「消えていく……」
「これが、森に還るということなのか……」
エイラとジュードはその光景を、魔力を持つものの自らの死というものを、初めて目の当たりにした。
この森には普通の木々や植物と魔力を吸収する大樹がある。魔力を吸収し、光を帯びているその大樹は一目でわかった。
そして少し奥に一際大きく光を纏う大樹がある。
「エイラ、あそこに……」
エマがその大樹の向かいの木の枝に腰掛け、膝に肘を立てて頬杖をついてるルルを見つけた。
「ルル……? ルルッ!!」
エイラがルルの名前を叫ぶと頬杖をつき、大樹を見つめたままのルルが姿を見せた。
「なんだ。来ちゃったの」
ルルは姿を見せたものの、エイラの方は向かない。表情の無いルルの横顔は何を考えているか全くわからなかった。
「ルル、どうしてここにいるの?」
「ユグドラシルがこの森を通る時に精霊の源と一緒に降りたんだよ」
「なんで?」
きっとルルははじめからそうするつもりで一人でユグドラシルの元へ行った。なぜ、そうする必要があったのか、一人で終焉の森へ来て何をするつもりなのか。
「あんなつまらない場所で永遠の時を過ごすなんて、そんなのまっぴらごめんだよ」
「そうじゃなくて! はじめからここに来るつもりだったんでしょ? どうして言ってくれなかったの?」
「なんだっていいじゃないか。エイラは望み通り精霊の源を手放すことができた。それで満足でしょ。もう帰りなよ」
「嫌だ! ルルと一緒じゃないと帰らない」
「僕だって嫌だよ。ほら、ジュードと王都へ行くんでしょ。僕、人の多いところ嫌いなんだよね」
「行かない! ルルが嫌なら王都なんて行かないよ」
「あーあ。ジュード振られちゃったね」
ルルはおどけた口調でジュードを揶揄するが、ジュードは落ち着いた様子でルルを説得する。
「ルル……そんなことはいいんだ。帰ってこいよ」
「嫌だよ。人間なんて嫌いなんだ」
「嘘! 私のこと大好きだって言った!」
「嫌いだよ。直ぐに死んでいく人間なんて大嫌いだ」
ルルはきっと今まで長い時を生きる中でたくさんの出会いと別れを繰り返して来たのだろう。妖精からすれば儚く短い命である人間とは思いもよらないことで突然の悲しい別れをしてきたのかもしれない。
「私はこの先、多分ルルのこと悲しませてしまう。すごく、傷つけることになるかもしれない。だけど、私は死ぬまでずっとルルといたいの!」
「我が儘だなぁ」
「そうだよ! 私は我が儘なの。だからこれだけは譲らない。ルル、一緒に行こう」
「エイラはエイラの目的を遂げられた。僕は僕の目的を遂げるためにここに来たんだ!」
そう言うルルははじめてエイラの方を向いた。その瞳は言葉とは裏腹に迷いや悲しみを映しているように見える。
「エイラ、あそこ!」
ジュードがルルがずっと見つめていた大樹の方を見るとその視線の先には精霊の源があった。葉が茂る枝に置かれた精霊の源はエイラの背中にあった時よりも随分と小さくなっている。そして次々に光を放ち、だんだんと小さくなっていくその羽は小さくなるにつれて硬質になっているように見えた。
「ルル、精霊の源の魔力を還してるんでしょ? そうすれば精霊の源は機能しなくなる。じじ様の手紙読んだの」
「そう。じじ様は精霊の源のことをよく知っていたよ。けど、全てを知っていた訳じゃない。それだけじゃだめなんだ」
「ねぇ、ルルは一体、何をしようとしているの?」
「僕は、精霊の源をもうこの先絶対に人に宿らないようにするんだ」
精霊の源は魔力を失えば機能しなくなる。だが、魔力でできていない羽の器は消えることはない。器が残ればそのうちまた魔力を集め精霊の源は元通りになるだろう。
「僕が精霊の源になるんだよ。そうすればもう精霊の源は精霊の源ではなくなる」
魔力を還し、空になった精霊の源にルル自らが宿る。それがルルがしようとしていることだった。
「どういうことなの?! それでルルはどうなるの?」
「僕だってどうなるかはわからないよ。けど、妖精は魔力でできている。精霊の源の魔力になれるはずだよ。そうすれば、僕の意思で精霊の源を操ることができる」
ルルの意思を持った精霊の源はもう人間に宿ることはないだろう。だが、ルルは今まで通りとはいかないはずだ。四枚の羽がそれぞれ水、火、風、木の魔力を集めればルルは四枚のうち一枚の羽に取り込まれる。他の魔力と一緒になることでルルにどんな影響がでるか分からない。
「上手くいかなかったら? ルルが消えてしまったらどうするの? そんなの嫌だよ」
「それはそれでかまわないよ。どのみち僕は帰るつもりなんてないんだから」
ルルは自分のしようとしていることで、どうなってしまうか分からなかったため、エイラに本当のことは伝えず、一人で全てを終わらせようとしていた。
「ルル……」
何を言っても譲らないルルにエイラは今にも涙が溢れ出そうになる。その時、ずっと黙って聞いていたエマが突然飛び出していくと、大樹に置かれ小さくなった精霊の源を抱えて持ち出して行った。
「エイラ、ジュード、帰るわよ!」
エマは小屋を出発した時のようにエイラに風の魔法を使うように指示するとジュードと共に、行きよりも速いスピードで村へと駆け抜けていった。
エマの腕に抱えられたままの精霊の源を追いかけるようにルルも村へ向かって飛んで行くが、風の妖精であるエマにはなかなか追い付けない。
ルルは遅れて村へ着き、小屋を覗くがエイラもジュードも誰も小屋にはいなかった。
「神台へ行った?」
ルルは一度だけじじ様に頼まれ、神台の石鎚を退かし中へ入ったことがある。その時にエイラのことを頼まれていた。精霊の源を手放したい時は終焉の森へ行くようにと。
その時はそうする、と返事をしたがそれはエイラが精霊の源を手放せるだけで精霊の源を失くすことはできない。
ルルはじじ様に頼まれたことをエイラに伝えなかった。
「奥の方で光っているものはなに?」
森は中では所々、小さな光がキラキラと宙を舞っているのが見える。
「あれは、森に還っている姿を失くした妖精たちの魔力だよ。少しずつ魔力が吸い込まれて消えていくんだ」
フィブは以前この森に来た時、森に還っていく妖精たちがどうなるのかを知った。
そして、もう他の妖精たちを見ることができなくなったエイラにもその光は見えている。
「きっと、ルルはここにいるよね?」
エイラは不安になりながらも森の奥へと進んで行く。
「あっ! 聖獣がいるよ」
「妖精だけじゃなくて魔力を持つもは全て、魔力を手放すことでこの森に還ることができるのよ」
少し先にはこちらをじっと見る聖獣がいる。だが、その聖獣はエイラとジュードを気にすることなく目の前にある大樹を見上げ目を瞑ると、少しずつ光の粒を体から放つ。大樹にその光の粒が吸い込まれていくと聖獣は少しずつ姿を小さく、曖昧にしていく。そしてその姿は形を失くし全てが光の粒へと変わった。
「消えていく……」
「これが、森に還るということなのか……」
エイラとジュードはその光景を、魔力を持つものの自らの死というものを、初めて目の当たりにした。
この森には普通の木々や植物と魔力を吸収する大樹がある。魔力を吸収し、光を帯びているその大樹は一目でわかった。
そして少し奥に一際大きく光を纏う大樹がある。
「エイラ、あそこに……」
エマがその大樹の向かいの木の枝に腰掛け、膝に肘を立てて頬杖をついてるルルを見つけた。
「ルル……? ルルッ!!」
エイラがルルの名前を叫ぶと頬杖をつき、大樹を見つめたままのルルが姿を見せた。
「なんだ。来ちゃったの」
ルルは姿を見せたものの、エイラの方は向かない。表情の無いルルの横顔は何を考えているか全くわからなかった。
「ルル、どうしてここにいるの?」
「ユグドラシルがこの森を通る時に精霊の源と一緒に降りたんだよ」
「なんで?」
きっとルルははじめからそうするつもりで一人でユグドラシルの元へ行った。なぜ、そうする必要があったのか、一人で終焉の森へ来て何をするつもりなのか。
「あんなつまらない場所で永遠の時を過ごすなんて、そんなのまっぴらごめんだよ」
「そうじゃなくて! はじめからここに来るつもりだったんでしょ? どうして言ってくれなかったの?」
「なんだっていいじゃないか。エイラは望み通り精霊の源を手放すことができた。それで満足でしょ。もう帰りなよ」
「嫌だ! ルルと一緒じゃないと帰らない」
「僕だって嫌だよ。ほら、ジュードと王都へ行くんでしょ。僕、人の多いところ嫌いなんだよね」
「行かない! ルルが嫌なら王都なんて行かないよ」
「あーあ。ジュード振られちゃったね」
ルルはおどけた口調でジュードを揶揄するが、ジュードは落ち着いた様子でルルを説得する。
「ルル……そんなことはいいんだ。帰ってこいよ」
「嫌だよ。人間なんて嫌いなんだ」
「嘘! 私のこと大好きだって言った!」
「嫌いだよ。直ぐに死んでいく人間なんて大嫌いだ」
ルルはきっと今まで長い時を生きる中でたくさんの出会いと別れを繰り返して来たのだろう。妖精からすれば儚く短い命である人間とは思いもよらないことで突然の悲しい別れをしてきたのかもしれない。
「私はこの先、多分ルルのこと悲しませてしまう。すごく、傷つけることになるかもしれない。だけど、私は死ぬまでずっとルルといたいの!」
「我が儘だなぁ」
「そうだよ! 私は我が儘なの。だからこれだけは譲らない。ルル、一緒に行こう」
「エイラはエイラの目的を遂げられた。僕は僕の目的を遂げるためにここに来たんだ!」
そう言うルルははじめてエイラの方を向いた。その瞳は言葉とは裏腹に迷いや悲しみを映しているように見える。
「エイラ、あそこ!」
ジュードがルルがずっと見つめていた大樹の方を見るとその視線の先には精霊の源があった。葉が茂る枝に置かれた精霊の源はエイラの背中にあった時よりも随分と小さくなっている。そして次々に光を放ち、だんだんと小さくなっていくその羽は小さくなるにつれて硬質になっているように見えた。
「ルル、精霊の源の魔力を還してるんでしょ? そうすれば精霊の源は機能しなくなる。じじ様の手紙読んだの」
「そう。じじ様は精霊の源のことをよく知っていたよ。けど、全てを知っていた訳じゃない。それだけじゃだめなんだ」
「ねぇ、ルルは一体、何をしようとしているの?」
「僕は、精霊の源をもうこの先絶対に人に宿らないようにするんだ」
精霊の源は魔力を失えば機能しなくなる。だが、魔力でできていない羽の器は消えることはない。器が残ればそのうちまた魔力を集め精霊の源は元通りになるだろう。
「僕が精霊の源になるんだよ。そうすればもう精霊の源は精霊の源ではなくなる」
魔力を還し、空になった精霊の源にルル自らが宿る。それがルルがしようとしていることだった。
「どういうことなの?! それでルルはどうなるの?」
「僕だってどうなるかはわからないよ。けど、妖精は魔力でできている。精霊の源の魔力になれるはずだよ。そうすれば、僕の意思で精霊の源を操ることができる」
ルルの意思を持った精霊の源はもう人間に宿ることはないだろう。だが、ルルは今まで通りとはいかないはずだ。四枚の羽がそれぞれ水、火、風、木の魔力を集めればルルは四枚のうち一枚の羽に取り込まれる。他の魔力と一緒になることでルルにどんな影響がでるか分からない。
「上手くいかなかったら? ルルが消えてしまったらどうするの? そんなの嫌だよ」
「それはそれでかまわないよ。どのみち僕は帰るつもりなんてないんだから」
ルルは自分のしようとしていることで、どうなってしまうか分からなかったため、エイラに本当のことは伝えず、一人で全てを終わらせようとしていた。
「ルル……」
何を言っても譲らないルルにエイラは今にも涙が溢れ出そうになる。その時、ずっと黙って聞いていたエマが突然飛び出していくと、大樹に置かれ小さくなった精霊の源を抱えて持ち出して行った。
「エイラ、ジュード、帰るわよ!」
エマは小屋を出発した時のようにエイラに風の魔法を使うように指示するとジュードと共に、行きよりも速いスピードで村へと駆け抜けていった。
エマの腕に抱えられたままの精霊の源を追いかけるようにルルも村へ向かって飛んで行くが、風の妖精であるエマにはなかなか追い付けない。
ルルは遅れて村へ着き、小屋を覗くがエイラもジュードも誰も小屋にはいなかった。
「神台へ行った?」
ルルは一度だけじじ様に頼まれ、神台の石鎚を退かし中へ入ったことがある。その時にエイラのことを頼まれていた。精霊の源を手放したい時は終焉の森へ行くようにと。
その時はそうする、と返事をしたがそれはエイラが精霊の源を手放せるだけで精霊の源を失くすことはできない。
ルルはじじ様に頼まれたことをエイラに伝えなかった。