次の日の朝、ジュードはエイラの苦しそうな、荒い息遣いで目が覚めた。
「エイラ?」
ジュードはソファーから起き上がりベッドへと行く。エイラは大量の汗をかき、呼吸は早く浮かされている。
汗で湿った前髪をかき分け額にそっと手を当てたが随分と熱い。
「かなり熱が高いな」
エイラの苦しそうな様子にジュードは眉間にしわを寄せながら、小屋の中を見回す。かごに入った手巾を手に取ると桶の水で濡らしエイラの汗を優しく拭き取っていく。
「……ジュード?」
薄く目を開いたエイラが目の前にあるジュードの顔にゆっくり手を伸ばす。
「エイラ、熱が高いよ」
ジュードは伸ばされた手をぎゅっと握るとそのまま手を下ろし、また汗を拭き始める。
「なんか、体がすごくだるいの」
「これだけ熱が高かったらそうなるよ。今は何も考えず寝とけ」
ジュードの言葉にエイラは重たい目を閉じるとあっという間にまた眠ってしまった。
一通り汗を拭い、もう一度水で濡らした手巾をエイラの額に置くとジュードは小屋の裏にある井戸へ水を汲みに行った。
井戸の中に桶を下ろしていると、そこにエマがやって来た。
「エイラ、小さい頃よく熱を出してたのよ」
「そうなのか?」
「エイラが三歳の時に両親が亡くなって、じじ様の家に住んでたけど幼い時に両親を亡くすことはすごく精神的にも辛かったと思うわ」
――――――――――
エイラはこのペレス村に生まれ、両親と三人で暮らしていた。いつも両親について畑へ行き、同い年のハルと泥だらけになりながら遊ぶのが好きだった。
その日、両親は隣町に農作物を卸しに行く日だった。ペレス村では村の人が交代で近くの町に農作物を卸しに行っている。
「エイラ、いい子で待っててね」
「夕方には戻るからな」
エイラはいつものようにハルや他の村の人たちと留守番し、両親が帰って来るのを待っていた。
だが、夜になっても両親が帰って来ることはなかった。
その日の昼過ぎ頃から天気が崩れはじめ、夕方には大雨になり、隣町の境の川が氾濫していると村人から報告があった。両親はきっと町で泊まって明日には帰ってくるだろうと言い聞かされたエイラはじじ様の家に泊まったが、一晩明けても、次の日になっても、いつまで経っても両親は帰って来ない。
エイラは毎日毎日両親を待ち続けた。
「お父さんとお母さんはいつ帰ってくるの? 今日? 明日?」
村の人たちは何日経っても帰って来ないエイラの両親をもうだめかと思いはじめていたが、幼いエイラにそんなことは言えなかった。
それから何日か経った頃、川の下流で男女二人の遺体が流れついていると隣町の住民からの情報があった。村人たちは急いでその遺体の確認に行ったが、懸念していた通り、それはエイラの両親だった。
村の人たちはエイラに両親はもう帰って来ないと告げた。だが、エイラはそれでも毎日両親の帰りを待ち続けた。
朝早くから夜遅くまで外で待ち続けては体調を崩し、熱に浮かされながら何度も両親を呼ぶ。そんな日々が続いた。それでも、村の人たちの愛情を受け今まで通りの日々を過ごし、暫くすると、エイラ自身も両親を出迎えることを諦め、気持ちも落ち着いていた。
――――――――――
「それなのに、十年前村はオチューグに襲われ、焼き払われ村の全てを失った。じじ様も亡くなって、エイラは本当に一人になったのよ」
「それでもエイラが心折れずにいたのはルルがいたからなんだな」
エマの話を聞きながら水はもう汲み終わったが、ジュードはその場に腰を下ろした。
「村が襲われた後の十年間、じじ様と二人でどんな暮らしをしていたかは分からないけど、村人たちがいた頃とは随分と違う場所になってるわ」
村が襲われる前は、一つの家族がそれぞれ家を持ち、集会所などもあった。少ない人数ではあったが、村人全員が家族のように過ごし、明るい村だった。今は小さな小屋と二人でも手入れが行き届くほどの畑があり、あとは草花が植えられた草原があるだけだ。
「エイラは、寂しさに慣れすぎてる。だけど、人一倍、失くすことを恐れてるわ」
「俺は絶対エイラの前から消えたりはしない」
「そう願ってる」
ジュードは立ち上がり溢れるほどの水が入った桶を持ち上げると小屋へと運ぶ。
「そういえば、小さい頃エイラとハルは結婚するんだ、って言ってたわね」
「それは言わなくていいよ」
もうエマの方を見ることはせず水が溢れないように両手で持った桶に集中しながら小屋へと入った。
エイラはまだ眠っている。先ほどよりは少し息遣いは落ち着いたように思う。
ジュードはエイラの額に置いた手巾をもう一度水で濡らし、額に置くとベッドの端に座りエイラの頭をゆっくりと撫でる。
「ジュード……」
目を覚ましたエイラがジュードの名前を呼ぶ。
「ごめん、起こした?」
「ううん」
「水、飲む?」
「うん」
ジュードが先ほど汲んできた水をコップに注ぎ、体を起こしたエイラに手渡す。エイラは水をそっと口に含むとゆっくりと飲み込んだ。
「ありがとう。こんな時に熱出しちゃってごめんね」
「いいよ。ずっと旅してたんだ。疲れが出て当然だと思う」
ジュードはコップを受け取ると、エイラの体を優しく倒し、まだ寝ているようにと促す。
「早く良くなってルルを迎えに行くんだろ」
「うん」
「だったら今日は一日寝てろよ」
「うん」
そのままエイラが眠るまでベッドに座り頭を撫でた。
エイラが今まで辛い思いをしてきているのは予想がついていた。それでも、ジュードは自分には計り知れないほどの経験と苦労をしていたんだと改めて感じた。
ジュードも父を亡くした時、本当に辛かった。寂しくて悲しかった。悔しかった。それでも、裕福な家で何不自由なく暮らし、穏やかな母と信頼できる師匠、気を許せる友人がいた。
エイラはそれら全てを失くしたのだ。
「俺があげられるものは、全部あげたい」
ジュードはエイラが深く眠ったことを確認すると小屋の外へ出て畑へと向かう。葉物はだめになっているが、根菜類は十分食べられそうな状態だ。いくつか収穫すると小屋へと戻り、炊事場に立つ。
「ジュード、あなた料理できるの?」
「したことはない……」
「だと思った。お坊ちゃんだものね」
炊事場に立ったまま動かなくなったジュードにエマはそんなことだろうと、料理の仕方を教える。慣れない手つきでナイフを使い、置いてあった調味料でスープを作った。
「できた……か?」
ジュードは一口味見をしたが、その味に肩を落とす。
いびつな形の根菜に何かが欠けているような、物足りない味のそれは、以前ジュードが倒れていた時にエイラが作ってくれたスープとは全く違う。
「ん……なんか、いい匂いする」
エイラは目を覚まし、起き上がるとジュードの方を見て驚く。
「ごはん、作ってくれたの?」
エイラの声に振り返ったジュードは肩を落としたまま首を横に振る。
「うまく、できなかったんだ」
「そうなの? いい匂いするけどな」
エイラはベッドから出てくると鍋を覗き込み、大きく息を吸い込む。スープをお皿によそい、一口飲むとジュードの顔を見上げ、にこりと微笑んだ。
「素材の味が活きた優しい味だね」
「それ、美味しくないってことだろ」
やっぱりな、とジュードは大きくため息を吐くが、エイラは置いてある調味料を手際よく足していく。エイラが手を加え出来上がったスープをお皿によそうとテーブルに並べた。
「ジュード、座って。食べよう」
ジュードも座り、二人で手を合わせ食べはじめる。
「美味しい……」
「でしょ? ジュード、作ってくれてありがとう。すっごく嬉しい」
「いや……」
ジュードは、これはエイラが作ったようなものだと思ったが、嬉しそうにスープを飲むエイラを見てまぁいいか、と柔らかく笑うと二人でスープを飲み干した。
「エイラ?」
ジュードはソファーから起き上がりベッドへと行く。エイラは大量の汗をかき、呼吸は早く浮かされている。
汗で湿った前髪をかき分け額にそっと手を当てたが随分と熱い。
「かなり熱が高いな」
エイラの苦しそうな様子にジュードは眉間にしわを寄せながら、小屋の中を見回す。かごに入った手巾を手に取ると桶の水で濡らしエイラの汗を優しく拭き取っていく。
「……ジュード?」
薄く目を開いたエイラが目の前にあるジュードの顔にゆっくり手を伸ばす。
「エイラ、熱が高いよ」
ジュードは伸ばされた手をぎゅっと握るとそのまま手を下ろし、また汗を拭き始める。
「なんか、体がすごくだるいの」
「これだけ熱が高かったらそうなるよ。今は何も考えず寝とけ」
ジュードの言葉にエイラは重たい目を閉じるとあっという間にまた眠ってしまった。
一通り汗を拭い、もう一度水で濡らした手巾をエイラの額に置くとジュードは小屋の裏にある井戸へ水を汲みに行った。
井戸の中に桶を下ろしていると、そこにエマがやって来た。
「エイラ、小さい頃よく熱を出してたのよ」
「そうなのか?」
「エイラが三歳の時に両親が亡くなって、じじ様の家に住んでたけど幼い時に両親を亡くすことはすごく精神的にも辛かったと思うわ」
――――――――――
エイラはこのペレス村に生まれ、両親と三人で暮らしていた。いつも両親について畑へ行き、同い年のハルと泥だらけになりながら遊ぶのが好きだった。
その日、両親は隣町に農作物を卸しに行く日だった。ペレス村では村の人が交代で近くの町に農作物を卸しに行っている。
「エイラ、いい子で待っててね」
「夕方には戻るからな」
エイラはいつものようにハルや他の村の人たちと留守番し、両親が帰って来るのを待っていた。
だが、夜になっても両親が帰って来ることはなかった。
その日の昼過ぎ頃から天気が崩れはじめ、夕方には大雨になり、隣町の境の川が氾濫していると村人から報告があった。両親はきっと町で泊まって明日には帰ってくるだろうと言い聞かされたエイラはじじ様の家に泊まったが、一晩明けても、次の日になっても、いつまで経っても両親は帰って来ない。
エイラは毎日毎日両親を待ち続けた。
「お父さんとお母さんはいつ帰ってくるの? 今日? 明日?」
村の人たちは何日経っても帰って来ないエイラの両親をもうだめかと思いはじめていたが、幼いエイラにそんなことは言えなかった。
それから何日か経った頃、川の下流で男女二人の遺体が流れついていると隣町の住民からの情報があった。村人たちは急いでその遺体の確認に行ったが、懸念していた通り、それはエイラの両親だった。
村の人たちはエイラに両親はもう帰って来ないと告げた。だが、エイラはそれでも毎日両親の帰りを待ち続けた。
朝早くから夜遅くまで外で待ち続けては体調を崩し、熱に浮かされながら何度も両親を呼ぶ。そんな日々が続いた。それでも、村の人たちの愛情を受け今まで通りの日々を過ごし、暫くすると、エイラ自身も両親を出迎えることを諦め、気持ちも落ち着いていた。
――――――――――
「それなのに、十年前村はオチューグに襲われ、焼き払われ村の全てを失った。じじ様も亡くなって、エイラは本当に一人になったのよ」
「それでもエイラが心折れずにいたのはルルがいたからなんだな」
エマの話を聞きながら水はもう汲み終わったが、ジュードはその場に腰を下ろした。
「村が襲われた後の十年間、じじ様と二人でどんな暮らしをしていたかは分からないけど、村人たちがいた頃とは随分と違う場所になってるわ」
村が襲われる前は、一つの家族がそれぞれ家を持ち、集会所などもあった。少ない人数ではあったが、村人全員が家族のように過ごし、明るい村だった。今は小さな小屋と二人でも手入れが行き届くほどの畑があり、あとは草花が植えられた草原があるだけだ。
「エイラは、寂しさに慣れすぎてる。だけど、人一倍、失くすことを恐れてるわ」
「俺は絶対エイラの前から消えたりはしない」
「そう願ってる」
ジュードは立ち上がり溢れるほどの水が入った桶を持ち上げると小屋へと運ぶ。
「そういえば、小さい頃エイラとハルは結婚するんだ、って言ってたわね」
「それは言わなくていいよ」
もうエマの方を見ることはせず水が溢れないように両手で持った桶に集中しながら小屋へと入った。
エイラはまだ眠っている。先ほどよりは少し息遣いは落ち着いたように思う。
ジュードはエイラの額に置いた手巾をもう一度水で濡らし、額に置くとベッドの端に座りエイラの頭をゆっくりと撫でる。
「ジュード……」
目を覚ましたエイラがジュードの名前を呼ぶ。
「ごめん、起こした?」
「ううん」
「水、飲む?」
「うん」
ジュードが先ほど汲んできた水をコップに注ぎ、体を起こしたエイラに手渡す。エイラは水をそっと口に含むとゆっくりと飲み込んだ。
「ありがとう。こんな時に熱出しちゃってごめんね」
「いいよ。ずっと旅してたんだ。疲れが出て当然だと思う」
ジュードはコップを受け取ると、エイラの体を優しく倒し、まだ寝ているようにと促す。
「早く良くなってルルを迎えに行くんだろ」
「うん」
「だったら今日は一日寝てろよ」
「うん」
そのままエイラが眠るまでベッドに座り頭を撫でた。
エイラが今まで辛い思いをしてきているのは予想がついていた。それでも、ジュードは自分には計り知れないほどの経験と苦労をしていたんだと改めて感じた。
ジュードも父を亡くした時、本当に辛かった。寂しくて悲しかった。悔しかった。それでも、裕福な家で何不自由なく暮らし、穏やかな母と信頼できる師匠、気を許せる友人がいた。
エイラはそれら全てを失くしたのだ。
「俺があげられるものは、全部あげたい」
ジュードはエイラが深く眠ったことを確認すると小屋の外へ出て畑へと向かう。葉物はだめになっているが、根菜類は十分食べられそうな状態だ。いくつか収穫すると小屋へと戻り、炊事場に立つ。
「ジュード、あなた料理できるの?」
「したことはない……」
「だと思った。お坊ちゃんだものね」
炊事場に立ったまま動かなくなったジュードにエマはそんなことだろうと、料理の仕方を教える。慣れない手つきでナイフを使い、置いてあった調味料でスープを作った。
「できた……か?」
ジュードは一口味見をしたが、その味に肩を落とす。
いびつな形の根菜に何かが欠けているような、物足りない味のそれは、以前ジュードが倒れていた時にエイラが作ってくれたスープとは全く違う。
「ん……なんか、いい匂いする」
エイラは目を覚まし、起き上がるとジュードの方を見て驚く。
「ごはん、作ってくれたの?」
エイラの声に振り返ったジュードは肩を落としたまま首を横に振る。
「うまく、できなかったんだ」
「そうなの? いい匂いするけどな」
エイラはベッドから出てくると鍋を覗き込み、大きく息を吸い込む。スープをお皿によそい、一口飲むとジュードの顔を見上げ、にこりと微笑んだ。
「素材の味が活きた優しい味だね」
「それ、美味しくないってことだろ」
やっぱりな、とジュードは大きくため息を吐くが、エイラは置いてある調味料を手際よく足していく。エイラが手を加え出来上がったスープをお皿によそうとテーブルに並べた。
「ジュード、座って。食べよう」
ジュードも座り、二人で手を合わせ食べはじめる。
「美味しい……」
「でしょ? ジュード、作ってくれてありがとう。すっごく嬉しい」
「いや……」
ジュードは、これはエイラが作ったようなものだと思ったが、嬉しそうにスープを飲むエイラを見てまぁいいか、と柔らかく笑うと二人でスープを飲み干した。