そこは、妖精も魔物も聖獣もいない静かな森だった。
「私、精霊の源を宿してから周りに妖精がいないなんて初めてだよ」
今、この場にいる妖精はルル、フィブ、エマだけだ。
「俺はいつもフィブしか見えてないからこれが普通だけど」
「なんか、静か過ぎてちょっと怖いくらい」
エイラは辺りを見回し、木々のそよぐ音だけが聞こえるこの森が不気味に感じた。
「ねぇエイラ、精霊の源を還したらこの世界が当たり前になるんだよ」
精霊の源を還せば、十年間当たり前のように見ていた妖精たちは見えなくなる。妖精の力は必要ないが、いつも賑やかに飛び回っている妖精たちを見られなくなるのは、それはそれで寂しい。
「でも、私にはルルが一緒にいてくれるから」
「……僕だって、ずっとエイラと一緒にいたいと思ってるよ」
ルルは当然のように言うエイラに少し困った顔をしながら答え、エマはそんなルルを何か言いたそうに見ていた。
そして一行は立ち止まることなく森の奥へと進んで行った。
「ねぇ、なんだか背中が熱くなってきたんだけど……」
エイラは森の奥へと進むにつれて背中に熱を帯び、体中に熱い血が巡るような感覚になってきた。
「エイラ、背中に……」
ジュードが立ち止まり熱いというエイラの背中を見ると、そこには大きな羽が光を放っていた。
「その羽が、精霊の源だよ」
「羽?」
ルルに精霊の源だと言われた羽を確認しようとするが、自分ではうまく見ることができず、エイラは今自分の背中がどうなっているのかよくわからない。
「僕たち妖精がどうして一目で保持者だってわかると思う? それはね、保持者には強大な魔力を持った羽が生えているからだよ」
上下左右に四枚、それぞれ水、火、風、木の属性の魔力を持った羽、それが精霊の源である。
「父上が言っていた、出逢えばわかるってこういうことだったのか……」
ジュードはずっと探していた精霊の源の姿を目の前に感極まっていた。
そしてエイラの背中にある大きな羽は次第にその光を強くしていく。
「みんな! あそこを見て!」
全員エイラの背中にある精霊の源に意識を集中していたが、エマの声に顔を上げると少し奥には先ほどまでとは全く違う景色が広がっていた。
「エイラ、あれがユグドラシルだよ!」
「あれが……」
そこには視界に収まらないほど大きく、光り輝く大樹が根を広げそびえ立っている。
精霊の源もユグドラシルと共鳴するように光を放っているが、エイラはどうやって還せばいいのかはわからない。
「ルル、どうしたらいいの?」
「うん。後は、僕に任せておいて」
ルルは小さな体で大きく両手を広げると、エイラの背中にそっと自身の魔力を込めていく。すると、精霊の源はふっとエイラの背中から離れた。
「あっ……」
エイラは背中の熱が引いていくのを感じた。そしてルルは大きな羽を抱えるようにユグドラシルへと飛んでいく。
「ルルが、還してきてくれるの?」
ユグドラシルへと向かうルルはクルっとエイラの方を向き、にこりと笑うと別れのような言葉をかけた。
「エイラ、元気でね」
「え? ルル?」
エイラはルルの様子にもう戻ってこないのではないかという不安が襲う。
「ルル、待って! 帰ってくるよね?」
「エイラ、僕がいなくても泣いちゃだめだよ」
「ルル! ルル!」
エイラは涙を浮かべながら必死にルルに訴えかけるが、ルルは悲しそうな顔をするだけだ。
「ジュード、エイラのことよろしくね」
「ルル……」
ジュードはルルが聖獣に約束していたことを思い出した。
『僕がユグドラシルの中に封じ込める』
ルルは精霊の源がもう大気中に放たれることがないようにユグドラシルの中に自身と共に閉じ込めるつもりだったのだ。
エイラが精霊の源を手放したいと言った時からずっとこうするつもりだった。
「ルル、ルル! やだよ! ずっと一緒にいるって言ったじゃないっ!!」
「エイラ、大好きだよ」
エイラは泣きわめきながらルルの元へと走る。だが、ルルはどんどん上へ登って行くと、樹冠へと消えていった。
「さよなら、エイラ」
姿の見えなくなったルルが別れの言葉を告げるとユグドラシルは一際大きな光を放ち、森の中へ吸い込まれるように姿を消した。
「ルル――――!!」
その場に崩れ落ち、悲鳴を上げるようにルルを呼ぶエイラをジュードは力強く抱きしめる。
「エイラ……」
「っう、うぅっううっ」
泣き止まないエイラにジュードはかける言葉が見つからない。だが、大切なパートナーがいなくなる気持ちはよくわかる。ジュードは優しくエイラの背中を何度も、何度もさすった。
お互い何も言わず、エイラが落ち着くまで暫くそうしていた。
「ごめん、ジュード。私、王都には行けない。ルルを探しに行く。もう一度ユグドラシルを見つけてルルを返してもらう」
「エイラ……」
もう一度ユグドラシルを見つけたとしてもルルが返ってくるかどうかはわからない。けれど、そうせずにはいられなかった。
「だから私はまだ旅を続けるよ。ジュードはもう王都に帰っていいからね。今までありがとう」
「何言ってるんだよ!」
ジュードは立ち上がりエイラを見下ろしながら拳を震わせる。憤怒するように声を荒げるが、声色とは裏腹にその表情は悲しみを帯びている。
「見くびるなよ! 俺はエイラを一人で行かせるほど薄情な男じゃない!」
「でも……」
ジュードが本来手に入れたかった精霊の源を還してしまい、その上ジュードにはもう関係のない旅に付き合わせるのは申し訳がない。
「俺も行くから。ずっと、エイラと一緒にいるって決めてるんだ」
正直、エイラが一人で旅を続けるにはあまりにもリスクが大き過ぎる。少し強引なジュードに優しさを感じた。
「ジュード……ありがとう」
エイラも立ち上がるとジュードにぎゅっと抱きついた。
「ちょっ……」
ジュードは狼狽えながらも自身の肩に顔をうずめるエイラの頭をそっと撫でた。
――――――――――
「ユグドラシルは定期的に各地に現れるとして、どうやってルルを取り戻したらいいんだろう」
今のままユグドラシルをもう一度見つけたとしてもきっとルルが戻ってくることは出来ない。精霊の源をユグドラシルに封じ込める方法を探さなければ。
「エイラ、スターレンに行かないか?」
「スターレン?」
「小さい頃、一度だけ父上と行ったことがあるんだ。精霊の源や精霊賢者について書かれた本があったのを覚えてる」
スターレンは学問の街だ。大学や研究所、この国随一の国立図書館があり、ジュードは父と図書館にある精霊の源についての文献を読んだことがある。
「まだ小さかったからよく覚えてないけど、あそこでなら何か方法がが見つかるかもれない」
「そっか……うん。スターレンに行こう」
エイラとジュードは精霊の源について調べるためにスターレンへ行くことに決めた。
「私、精霊の源を宿してから周りに妖精がいないなんて初めてだよ」
今、この場にいる妖精はルル、フィブ、エマだけだ。
「俺はいつもフィブしか見えてないからこれが普通だけど」
「なんか、静か過ぎてちょっと怖いくらい」
エイラは辺りを見回し、木々のそよぐ音だけが聞こえるこの森が不気味に感じた。
「ねぇエイラ、精霊の源を還したらこの世界が当たり前になるんだよ」
精霊の源を還せば、十年間当たり前のように見ていた妖精たちは見えなくなる。妖精の力は必要ないが、いつも賑やかに飛び回っている妖精たちを見られなくなるのは、それはそれで寂しい。
「でも、私にはルルが一緒にいてくれるから」
「……僕だって、ずっとエイラと一緒にいたいと思ってるよ」
ルルは当然のように言うエイラに少し困った顔をしながら答え、エマはそんなルルを何か言いたそうに見ていた。
そして一行は立ち止まることなく森の奥へと進んで行った。
「ねぇ、なんだか背中が熱くなってきたんだけど……」
エイラは森の奥へと進むにつれて背中に熱を帯び、体中に熱い血が巡るような感覚になってきた。
「エイラ、背中に……」
ジュードが立ち止まり熱いというエイラの背中を見ると、そこには大きな羽が光を放っていた。
「その羽が、精霊の源だよ」
「羽?」
ルルに精霊の源だと言われた羽を確認しようとするが、自分ではうまく見ることができず、エイラは今自分の背中がどうなっているのかよくわからない。
「僕たち妖精がどうして一目で保持者だってわかると思う? それはね、保持者には強大な魔力を持った羽が生えているからだよ」
上下左右に四枚、それぞれ水、火、風、木の属性の魔力を持った羽、それが精霊の源である。
「父上が言っていた、出逢えばわかるってこういうことだったのか……」
ジュードはずっと探していた精霊の源の姿を目の前に感極まっていた。
そしてエイラの背中にある大きな羽は次第にその光を強くしていく。
「みんな! あそこを見て!」
全員エイラの背中にある精霊の源に意識を集中していたが、エマの声に顔を上げると少し奥には先ほどまでとは全く違う景色が広がっていた。
「エイラ、あれがユグドラシルだよ!」
「あれが……」
そこには視界に収まらないほど大きく、光り輝く大樹が根を広げそびえ立っている。
精霊の源もユグドラシルと共鳴するように光を放っているが、エイラはどうやって還せばいいのかはわからない。
「ルル、どうしたらいいの?」
「うん。後は、僕に任せておいて」
ルルは小さな体で大きく両手を広げると、エイラの背中にそっと自身の魔力を込めていく。すると、精霊の源はふっとエイラの背中から離れた。
「あっ……」
エイラは背中の熱が引いていくのを感じた。そしてルルは大きな羽を抱えるようにユグドラシルへと飛んでいく。
「ルルが、還してきてくれるの?」
ユグドラシルへと向かうルルはクルっとエイラの方を向き、にこりと笑うと別れのような言葉をかけた。
「エイラ、元気でね」
「え? ルル?」
エイラはルルの様子にもう戻ってこないのではないかという不安が襲う。
「ルル、待って! 帰ってくるよね?」
「エイラ、僕がいなくても泣いちゃだめだよ」
「ルル! ルル!」
エイラは涙を浮かべながら必死にルルに訴えかけるが、ルルは悲しそうな顔をするだけだ。
「ジュード、エイラのことよろしくね」
「ルル……」
ジュードはルルが聖獣に約束していたことを思い出した。
『僕がユグドラシルの中に封じ込める』
ルルは精霊の源がもう大気中に放たれることがないようにユグドラシルの中に自身と共に閉じ込めるつもりだったのだ。
エイラが精霊の源を手放したいと言った時からずっとこうするつもりだった。
「ルル、ルル! やだよ! ずっと一緒にいるって言ったじゃないっ!!」
「エイラ、大好きだよ」
エイラは泣きわめきながらルルの元へと走る。だが、ルルはどんどん上へ登って行くと、樹冠へと消えていった。
「さよなら、エイラ」
姿の見えなくなったルルが別れの言葉を告げるとユグドラシルは一際大きな光を放ち、森の中へ吸い込まれるように姿を消した。
「ルル――――!!」
その場に崩れ落ち、悲鳴を上げるようにルルを呼ぶエイラをジュードは力強く抱きしめる。
「エイラ……」
「っう、うぅっううっ」
泣き止まないエイラにジュードはかける言葉が見つからない。だが、大切なパートナーがいなくなる気持ちはよくわかる。ジュードは優しくエイラの背中を何度も、何度もさすった。
お互い何も言わず、エイラが落ち着くまで暫くそうしていた。
「ごめん、ジュード。私、王都には行けない。ルルを探しに行く。もう一度ユグドラシルを見つけてルルを返してもらう」
「エイラ……」
もう一度ユグドラシルを見つけたとしてもルルが返ってくるかどうかはわからない。けれど、そうせずにはいられなかった。
「だから私はまだ旅を続けるよ。ジュードはもう王都に帰っていいからね。今までありがとう」
「何言ってるんだよ!」
ジュードは立ち上がりエイラを見下ろしながら拳を震わせる。憤怒するように声を荒げるが、声色とは裏腹にその表情は悲しみを帯びている。
「見くびるなよ! 俺はエイラを一人で行かせるほど薄情な男じゃない!」
「でも……」
ジュードが本来手に入れたかった精霊の源を還してしまい、その上ジュードにはもう関係のない旅に付き合わせるのは申し訳がない。
「俺も行くから。ずっと、エイラと一緒にいるって決めてるんだ」
正直、エイラが一人で旅を続けるにはあまりにもリスクが大き過ぎる。少し強引なジュードに優しさを感じた。
「ジュード……ありがとう」
エイラも立ち上がるとジュードにぎゅっと抱きついた。
「ちょっ……」
ジュードは狼狽えながらも自身の肩に顔をうずめるエイラの頭をそっと撫でた。
――――――――――
「ユグドラシルは定期的に各地に現れるとして、どうやってルルを取り戻したらいいんだろう」
今のままユグドラシルをもう一度見つけたとしてもきっとルルが戻ってくることは出来ない。精霊の源をユグドラシルに封じ込める方法を探さなければ。
「エイラ、スターレンに行かないか?」
「スターレン?」
「小さい頃、一度だけ父上と行ったことがあるんだ。精霊の源や精霊賢者について書かれた本があったのを覚えてる」
スターレンは学問の街だ。大学や研究所、この国随一の国立図書館があり、ジュードは父と図書館にある精霊の源についての文献を読んだことがある。
「まだ小さかったからよく覚えてないけど、あそこでなら何か方法がが見つかるかもれない」
「そっか……うん。スターレンに行こう」
エイラとジュードは精霊の源について調べるためにスターレンへ行くことに決めた。