数日後、ジュードとエイラは国王に呼び出され王宮に来ていた。先日とは違い、謁見の間で玉座に座る国王を前にエイラは緊張していた。
「二人とも、頭を上げなさい」
ジュードが頭を上げるのを横目で確認しながらエイラも恐る恐る頭を上げる。
「二人とも、先日は大罪人を捕らえる見事な働き感謝する」
「お褒めにあずかり有り難く存じます」
(う、受け答えに慣れてる……)
エイラは横にいるジュードを見ながらそつのない返答に口を開けたまま固まった。
「エイラ君」
「は、はいっ」
国王に名前を呼ばれたエイラは急いで顔をまっすぐ向け返事をする。
「先日の話を騎士たちから聞いたよ。君のその力は精霊の源の力、君は現精霊賢者だとね」
「っ……!」
あの時は何も言われず、ジェイコブを捕らえたり、城壁の修復や王太子の毒殺の件で皆慌ただしくしていたため、まさかバレているとは思っていなかった。
ジュードも驚いた顔をして心配そうにエイラの方をチラリと見る。
「エイラ君をこの国の精霊賢者として手厚く迎え、先日の褒美も用意しようと思っているんだがね」
あの状況で力を使わなければ騎士たちは城壁の下敷きになっていただろう。彼らを助けるために力を使ったことに後悔はない。だが、精霊賢者として国に帰属し力を使うのは嫌だ。エイラは俯きながら肩を震わせた。
「国王陛下、先日の褒美は俺にも頂けるのでしょうか」
「ジュ、ジュード?」
いきなり国王に褒美をねだるような発言をするジュードにエイラは驚いて顔を上げる。
「もちろん、ジュード君にも褒美として望むものを与えようと思っているよ」
「ありがとうございます。では、精霊の源を宿す彼女を見逃して下さい。それが俺の望みです」
国王は少し眉をヒクつかせる。すぐににこりと微笑むが、目の奥は笑っていない。
「見逃す?」
「手厚く迎えると言っておいて、精霊賢者を国のものとして掌握しようとしているのではないですか?」
ジュードの発言にエイラは冷や冷やしながらも守ってくれようとしていることに胸が苦しくなった。
「十年ぶりに精霊賢者が現れ浮かれてしまったが、そう上手くはいかぬものだな」
国王はため息を吐く。
「エイラ君はいつから精霊の源を?」
「えっと……十年前です……」
「そうか。イーサンが亡くなってすぐ……」
少し辛そうな表情をする国王にエイラはまっすぐ真剣な顔を向ける。
「国王陛下、私は精霊の源をユグドラシルに還したいと思っています」
「ユグドラシルに還す?」
エイラは自分が十年前魔物に襲われた村の出身であることを話した。そして、意図せず精霊の源が宿ったこと、精霊の源を手放すためにユグドラシルに還そうとしていること。
エイラは両手を着き頭を下げた。
「どうか、精霊の源をユグドラシルに還すことをお許し下さい」
必死に頭を下げるエイラにジュードも一緒に頭を下げる。
「俺からも、どうかお願いします!」
頭を下げる二人に国王は玉座から降りてくると、二人の肩にそっと手を置いた。
「もう良い、頭を上げなさい」
国王は膝を着き二人と目線を合わせると、眉を下げて頷く。
「私は何も知らなかったことにする。好きにしなさい」
「「あ、ありがとうございます!」」
エイラは安心し肩の力が抜けた。ジュードも顔を緩ませるともう一度国王に頭を下げた。
「かれこれ十年精霊賢者が現れなくて本当はもう諦めていたんだ。今まで通り精霊賢者の存在しない生活を送るだけだよ。騎士たちには勘違いだったと伝えておこう」
――――――――――
謁見を終え、ジュードとエイラは屋敷へと戻って来た。
「なんか、凄く疲れたね」
「ああ。けど、国王陛下が理解のある人で良かった」
エイラは自分のことのように一緒になって頭を下げてくれたジュードが本当に嬉しかった。精霊の源を手に入れたいと言っていたのに、エイラの気持ちを尊重し自分はもう精霊の源はいらないと言うジュードが、愛しく感じていた。
「ジュード、ありがとね」
「え? なにが?」
「全部だよ」
エイラはふふっ、と笑いジュードの髪をわしゃわしゃと撫でる。
「なんだよ、やめろよ」
「久しぶりにしたくなって」
「はあ?」
ジュードは嫌がる素振りをしているが、その顔は照れたように少し赤らんでいた。
――――――――――
次の日、ジュードとエイラは幻霊の森へ向けて出発することにした。
「お母様、お世話になりました」
「エイラさん、またいつでもいらしてね」
「はい。ありがとうございます」
突然訪問したエイラにも嫌な顔一つせず、いつも穏やかに接してくれたジュードの母には本当に感謝しかない。
「母上、伯父上が捕まって大変な時にごめん」
「いいのよ。家のことは私に任せて、あなたはあなたのやるべきことをなさい」
「ありがとう」
二人は母と使用人たちに手を振るとモラレス邸を出発した。王都の街を抜け、境門をくぐると一気に静かな草原が広がる。
「なんだか怒涛の日々だったけど、目的を遂げられて良かったね」
「ああ、エイラがいてくれて良かった。ありがとう」
「いや、私あんまり役には立ってなかった気がするけど」
王都でのことを思い出しながらエイラはマリアンヌのことが頭に浮かぶ。
「そういえば、前に言ってた大切なものを守りたいって、マリアンヌ王女のこと?」
「っはぁ?! なんでそうなるんだよ」
ジュードはいきなりマリアンヌの名前を出され盛大にため息を吐く。
「えっ、だって、婚約者だし、王女様だし、守りたい存在ってそういう人かなって……」
「マリアンヌ、他に恋人いるから」
「え!? 恋人!?」
貴族の結婚事情には詳しくないが、婚約者がいながら他に恋人がいることがおかしいことはエイラにもわかる。
「ジュードは、それでいいの?」
「俺たち元々結婚するつもりないし」
ジュードとマリアンヌはお互い親が勝手に決めた婚約に納得がいっていない。立場上婚約者として過ごしてはきたが、どちらも好意を抱くことはなかった。
そうしているうちにマリアンヌには恋人ができたのだ。だが、その相手は男爵家の令息であまりにも身分が違い過ぎる。結婚を反対されるのは目に見えているため、今はまだ大人しくジュードとの婚約を続けているのだ。
「成人したら駆け落ちするんだってさ。俺はそれまでのカモフラージュだよ」
「か、駆け落ち!? 王女様が!?」
「そう、ばかだろ。だけど、相手の男はちゃんと認めてもらえるように出世しようと頑張ってるよ」
エイラはマリアンヌの恋の話に何だか胸が熱くなった。
「愛し合ってるんだなぁ」
想像し、うっとりしているエイラにジュードはポケットから手のひらほどの箱を取り出すとエイラに差し出す。
「え? なに?」
「エイラにあげる」
エイラは疑問に思いながら渡された箱を開けると中には綺麗なバレッタが入っている。
「なにこれ! 凄く綺麗! どうして? もらっていいの?」
バレッタを見ながら興奮し、息巻くように話すエイラにジュードは目線を反らして頷く。
「前に、髪が邪魔で上手く顔が洗えないって言ってたから、こういうのあればいいかなって」
「ええ! 嬉しい! でも、もったいないからまだ着けないよっ」
「なんだよそれ」
「旅が終わったら着けるよ。ジュード、ありがとう」
満面の笑みてお礼を言うエイラにジュードは目線を反らしたまま少し照れていた。そのことに気付いたエイラはからかうような表情でジュードの顔を覗き込む。
「それに、ジュードに髪を持ってもらうのも悪くないしねっ」
――――――――――
暫く歩き日が暮れる頃、今日はここまでにしようと野営をするための準備を始めた。
「また暫く野宿かぁ。ジュードのお家で贅沢な生活し過ぎちゃったな」
「また来たらいいよ」
「本当に? ありがとう」
ジュードは胡座をかき、火を見つめながら言いずらそうに口を開く。
「あのさエイラ、精霊の源を還したら王都で一緒に暮らさないか?」
「えっ?」
「村でのんびり暮らしたいって言ってたのは知ってる。けど、もうじじ様もいないし、エイラ一人でずっと村で暮らすのは、その、大変だと思うし……」
「心配してくれてるんだ? ありがとう」
お礼を言うだけではっきりと返事をしないエイラに眉を下げたジュードは真剣な表情でエイラを見る。
「エイラが村を大事にしてることは分かってる。だから時々帰ればいいと思うんだ。俺も一緒に行くし」
「まぁ、村と王都を行き来しながら生活するのも悪くないかもね。考えとく」
「ああ!」
ジュードは前向きなエイラの反応に顔が明るくなる。ハルにランドールで暮らそうと誘われた時はすぐに断っていたエイラが、王都で暮らすことを考えてくれる、今はそれだけでいいと思った。
「二人とも、頭を上げなさい」
ジュードが頭を上げるのを横目で確認しながらエイラも恐る恐る頭を上げる。
「二人とも、先日は大罪人を捕らえる見事な働き感謝する」
「お褒めにあずかり有り難く存じます」
(う、受け答えに慣れてる……)
エイラは横にいるジュードを見ながらそつのない返答に口を開けたまま固まった。
「エイラ君」
「は、はいっ」
国王に名前を呼ばれたエイラは急いで顔をまっすぐ向け返事をする。
「先日の話を騎士たちから聞いたよ。君のその力は精霊の源の力、君は現精霊賢者だとね」
「っ……!」
あの時は何も言われず、ジェイコブを捕らえたり、城壁の修復や王太子の毒殺の件で皆慌ただしくしていたため、まさかバレているとは思っていなかった。
ジュードも驚いた顔をして心配そうにエイラの方をチラリと見る。
「エイラ君をこの国の精霊賢者として手厚く迎え、先日の褒美も用意しようと思っているんだがね」
あの状況で力を使わなければ騎士たちは城壁の下敷きになっていただろう。彼らを助けるために力を使ったことに後悔はない。だが、精霊賢者として国に帰属し力を使うのは嫌だ。エイラは俯きながら肩を震わせた。
「国王陛下、先日の褒美は俺にも頂けるのでしょうか」
「ジュ、ジュード?」
いきなり国王に褒美をねだるような発言をするジュードにエイラは驚いて顔を上げる。
「もちろん、ジュード君にも褒美として望むものを与えようと思っているよ」
「ありがとうございます。では、精霊の源を宿す彼女を見逃して下さい。それが俺の望みです」
国王は少し眉をヒクつかせる。すぐににこりと微笑むが、目の奥は笑っていない。
「見逃す?」
「手厚く迎えると言っておいて、精霊賢者を国のものとして掌握しようとしているのではないですか?」
ジュードの発言にエイラは冷や冷やしながらも守ってくれようとしていることに胸が苦しくなった。
「十年ぶりに精霊賢者が現れ浮かれてしまったが、そう上手くはいかぬものだな」
国王はため息を吐く。
「エイラ君はいつから精霊の源を?」
「えっと……十年前です……」
「そうか。イーサンが亡くなってすぐ……」
少し辛そうな表情をする国王にエイラはまっすぐ真剣な顔を向ける。
「国王陛下、私は精霊の源をユグドラシルに還したいと思っています」
「ユグドラシルに還す?」
エイラは自分が十年前魔物に襲われた村の出身であることを話した。そして、意図せず精霊の源が宿ったこと、精霊の源を手放すためにユグドラシルに還そうとしていること。
エイラは両手を着き頭を下げた。
「どうか、精霊の源をユグドラシルに還すことをお許し下さい」
必死に頭を下げるエイラにジュードも一緒に頭を下げる。
「俺からも、どうかお願いします!」
頭を下げる二人に国王は玉座から降りてくると、二人の肩にそっと手を置いた。
「もう良い、頭を上げなさい」
国王は膝を着き二人と目線を合わせると、眉を下げて頷く。
「私は何も知らなかったことにする。好きにしなさい」
「「あ、ありがとうございます!」」
エイラは安心し肩の力が抜けた。ジュードも顔を緩ませるともう一度国王に頭を下げた。
「かれこれ十年精霊賢者が現れなくて本当はもう諦めていたんだ。今まで通り精霊賢者の存在しない生活を送るだけだよ。騎士たちには勘違いだったと伝えておこう」
――――――――――
謁見を終え、ジュードとエイラは屋敷へと戻って来た。
「なんか、凄く疲れたね」
「ああ。けど、国王陛下が理解のある人で良かった」
エイラは自分のことのように一緒になって頭を下げてくれたジュードが本当に嬉しかった。精霊の源を手に入れたいと言っていたのに、エイラの気持ちを尊重し自分はもう精霊の源はいらないと言うジュードが、愛しく感じていた。
「ジュード、ありがとね」
「え? なにが?」
「全部だよ」
エイラはふふっ、と笑いジュードの髪をわしゃわしゃと撫でる。
「なんだよ、やめろよ」
「久しぶりにしたくなって」
「はあ?」
ジュードは嫌がる素振りをしているが、その顔は照れたように少し赤らんでいた。
――――――――――
次の日、ジュードとエイラは幻霊の森へ向けて出発することにした。
「お母様、お世話になりました」
「エイラさん、またいつでもいらしてね」
「はい。ありがとうございます」
突然訪問したエイラにも嫌な顔一つせず、いつも穏やかに接してくれたジュードの母には本当に感謝しかない。
「母上、伯父上が捕まって大変な時にごめん」
「いいのよ。家のことは私に任せて、あなたはあなたのやるべきことをなさい」
「ありがとう」
二人は母と使用人たちに手を振るとモラレス邸を出発した。王都の街を抜け、境門をくぐると一気に静かな草原が広がる。
「なんだか怒涛の日々だったけど、目的を遂げられて良かったね」
「ああ、エイラがいてくれて良かった。ありがとう」
「いや、私あんまり役には立ってなかった気がするけど」
王都でのことを思い出しながらエイラはマリアンヌのことが頭に浮かぶ。
「そういえば、前に言ってた大切なものを守りたいって、マリアンヌ王女のこと?」
「っはぁ?! なんでそうなるんだよ」
ジュードはいきなりマリアンヌの名前を出され盛大にため息を吐く。
「えっ、だって、婚約者だし、王女様だし、守りたい存在ってそういう人かなって……」
「マリアンヌ、他に恋人いるから」
「え!? 恋人!?」
貴族の結婚事情には詳しくないが、婚約者がいながら他に恋人がいることがおかしいことはエイラにもわかる。
「ジュードは、それでいいの?」
「俺たち元々結婚するつもりないし」
ジュードとマリアンヌはお互い親が勝手に決めた婚約に納得がいっていない。立場上婚約者として過ごしてはきたが、どちらも好意を抱くことはなかった。
そうしているうちにマリアンヌには恋人ができたのだ。だが、その相手は男爵家の令息であまりにも身分が違い過ぎる。結婚を反対されるのは目に見えているため、今はまだ大人しくジュードとの婚約を続けているのだ。
「成人したら駆け落ちするんだってさ。俺はそれまでのカモフラージュだよ」
「か、駆け落ち!? 王女様が!?」
「そう、ばかだろ。だけど、相手の男はちゃんと認めてもらえるように出世しようと頑張ってるよ」
エイラはマリアンヌの恋の話に何だか胸が熱くなった。
「愛し合ってるんだなぁ」
想像し、うっとりしているエイラにジュードはポケットから手のひらほどの箱を取り出すとエイラに差し出す。
「え? なに?」
「エイラにあげる」
エイラは疑問に思いながら渡された箱を開けると中には綺麗なバレッタが入っている。
「なにこれ! 凄く綺麗! どうして? もらっていいの?」
バレッタを見ながら興奮し、息巻くように話すエイラにジュードは目線を反らして頷く。
「前に、髪が邪魔で上手く顔が洗えないって言ってたから、こういうのあればいいかなって」
「ええ! 嬉しい! でも、もったいないからまだ着けないよっ」
「なんだよそれ」
「旅が終わったら着けるよ。ジュード、ありがとう」
満面の笑みてお礼を言うエイラにジュードは目線を反らしたまま少し照れていた。そのことに気付いたエイラはからかうような表情でジュードの顔を覗き込む。
「それに、ジュードに髪を持ってもらうのも悪くないしねっ」
――――――――――
暫く歩き日が暮れる頃、今日はここまでにしようと野営をするための準備を始めた。
「また暫く野宿かぁ。ジュードのお家で贅沢な生活し過ぎちゃったな」
「また来たらいいよ」
「本当に? ありがとう」
ジュードは胡座をかき、火を見つめながら言いずらそうに口を開く。
「あのさエイラ、精霊の源を還したら王都で一緒に暮らさないか?」
「えっ?」
「村でのんびり暮らしたいって言ってたのは知ってる。けど、もうじじ様もいないし、エイラ一人でずっと村で暮らすのは、その、大変だと思うし……」
「心配してくれてるんだ? ありがとう」
お礼を言うだけではっきりと返事をしないエイラに眉を下げたジュードは真剣な表情でエイラを見る。
「エイラが村を大事にしてることは分かってる。だから時々帰ればいいと思うんだ。俺も一緒に行くし」
「まぁ、村と王都を行き来しながら生活するのも悪くないかもね。考えとく」
「ああ!」
ジュードは前向きなエイラの反応に顔が明るくなる。ハルにランドールで暮らそうと誘われた時はすぐに断っていたエイラが、王都で暮らすことを考えてくれる、今はそれだけでいいと思った。