その日はもう日が沈みかかっていたため、出発は明日に持ち越すことにした。
「ところで、あなたのお名前は? 私はエイラと言います」
「俺はジュード。十六になった」
「十六!? なんだ! 年下じゃないっ」
エイラは年下とわかった途端敬語を止め、ジュードの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「やめろよっ。エイラはいくつなんだよ」
ジュードは、小柄で幼さの残る顔のエイラを正直年上だと思えなていない。
「私はね、十七!」
「なんだよ! 一歳しか変わらないじゃないか」
「一歳でも、年下は年下だもんねっ」
ジュードは拗ねた表情で肩をすくめると、エイラの両手に視線を向ける。
「エイラは契約印どこにあるの」
突然聞いてきたジュードにエイラは固まり目だけが泳ぐ。
「えっと…………太腿の付け根?」
(ぶっっ)
「太腿の付け根ぇ??」
ルルは吹き出し、ジュードは信じられないと言うように目を見開いた。
妖精と契約する時は人差し指に傷をつけ、自身の血で体に印を描く。その血の印に反応した妖精と契約を結ぶことになるが、契約をするまで人には妖精が見えないため、どんな妖精と契約を結べるかわからず、下手をすれば契約ができないこともある。無事契約が成立すれば血の印は契約の証として体に刻まれ、契約が解消されれば、印は消え去るのだ。
「なんでそんなとこに印描いたんだよ」
利き手と反対の手の甲が一番描きやすいのと、妖精と契約していることが一目でわかるため、そこに印を描く人がほとんどだった。
「えっと、ルルは水の妖精で、湖で水浴びしてる時に契約したから……」
(エイラァ! 適当なこと言わないでよ!)
契約印なんて体のどこにもないが、誤魔化すために万が一にも見せて欲しいとは言われないであろう部位にあると嘘をついた。
「へぇ、たぶんその妖精変態だな」
(変態じゃなーい!)
――ピュッ
「うわっ」
――ピュッピュッ
「えっなんだよ」
変態呼ばわりされたルルが怒ってジュードの顔に四方八方から水を飛ばす。
「ルルが変態なんかじゃないって」
――ピュッ
「悪かったって! 変態はエイラだった!」
「ええ! なんでそうなるの」
「だって太腿の付け根なんかに印描くやついないぜ?」
「もう、それはいいから!」
今度はエイラが拗ねたように頬を膨らますと、ジュードは目を細めて笑った。目を覚ましてから初めてのジュードの笑顔にエイラもつられて笑顔になった。
「ジュード、明日からよろしくね」
「ああ、こちらこそ」
正直、エイラは少し心細かったため、旅の仲間ができたことが嬉しくもあった。
「そういえば、ジュードの探し物って何?」
聞かれたジュードは急に表情が曇ってくる。膝の上で拳を震わせ小さな声で答えた。
「…………精霊の源」
「えっ……」
小さな声だったがしっかりと聞こえた。
まさかジュードが探しているものがエイラが宿している精霊の源だとは思っていなかった。
「先代の精霊賢者が亡くなってからまだ新しい精霊賢者が現れていない。だから今も精霊の源は大気を彷徨っているはず。俺はそれを手に入れたいんだ」
精霊の源は宿った人間が亡くなると大気中へ放たれ彷徨いながら次に宿る人間を探すと言われている。今までは先代が亡くなってから一年以内に次の精霊賢者が現れていたが、今回、先代の精霊賢者が亡くなってからもう十年経つのにまだ新しい精霊賢者は現れていないと国では問題になっていた。
「どうやって、精霊の源を見つけるの?」
「それは、わからない。先代の精霊賢者は出逢えばわかると言っていた。だから俺は出逢うために旅をしてるんだ」
エイラの旅の目的は精霊の源を放棄するためだった。このまま力を持ち続ければいつか国に見つかり、国のために力を使わなければならなくなる。そうなる前に手放したかった。出来るなら、この強大な力を持つ精霊の源を消し去りたいと思っている。
(エイラ、どうするの? 目的が全く逆じゃない)
「けど、目的が違っても、お互いの目的を果たすための手段は同じだと思うの」
エイラは自身の目的は隠してジュードと共に旅をすることに決めた。
「見つかるといいね」
「ああ。エイラは何を探すの?」
「ん……私も出逢ってみないとわからないもの、かな?」
エイラが探しに行くのはこの世界を創ったと言われる世界樹、ユグドラシルだった。精霊の源もまたユグドラシルから生まれたとされ、精霊の源を放棄するためにはユグドラシルに還すしかないとルルから聞いたからだ。だが、ユグドラシルは一定の場所にあるのではなく、世界中のあらゆる場所に姿を現すと言われていた。ルルもユグドラシルを実際に見たことはない。
精霊の源を還してしまえば、次の精霊賢者が現れることはなくなる。この国にとっては大きな損害になってしまうかもしれないが、エイラはそれで良いと思っていた。精霊賢者がいないこの十年だって人々は平和に、豊かに暮らしている。
「ジュードは精霊の源を手に入れて、どうすの?」
「俺は、強くなりたいんだ。もう、誰かに大切なものを奪われないように。自分の力で守れるように」
(大切なもの……)
ジュードの瞳は強く、意思の固い表情をしていた。だが、大切なものを精霊賢者によって全て壊されたエイラはその言葉に喉の奥が熱くなった。
「みんな、自分の大切なものを守るのに必死で誰かの大切なものは見えていなかったりするんだよ」
「え?」
聞こえるか聞こえないかほどの声で呟いたエイラにジュードは首をかしげたが、エイラは眉を下げて笑い首を横に振る。
「ううん、なんでもない。明日朝早くに出発だし、もう寝よう」
エイラはランプの明かりを消すと眠りについた。
「ところで、あなたのお名前は? 私はエイラと言います」
「俺はジュード。十六になった」
「十六!? なんだ! 年下じゃないっ」
エイラは年下とわかった途端敬語を止め、ジュードの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「やめろよっ。エイラはいくつなんだよ」
ジュードは、小柄で幼さの残る顔のエイラを正直年上だと思えなていない。
「私はね、十七!」
「なんだよ! 一歳しか変わらないじゃないか」
「一歳でも、年下は年下だもんねっ」
ジュードは拗ねた表情で肩をすくめると、エイラの両手に視線を向ける。
「エイラは契約印どこにあるの」
突然聞いてきたジュードにエイラは固まり目だけが泳ぐ。
「えっと…………太腿の付け根?」
(ぶっっ)
「太腿の付け根ぇ??」
ルルは吹き出し、ジュードは信じられないと言うように目を見開いた。
妖精と契約する時は人差し指に傷をつけ、自身の血で体に印を描く。その血の印に反応した妖精と契約を結ぶことになるが、契約をするまで人には妖精が見えないため、どんな妖精と契約を結べるかわからず、下手をすれば契約ができないこともある。無事契約が成立すれば血の印は契約の証として体に刻まれ、契約が解消されれば、印は消え去るのだ。
「なんでそんなとこに印描いたんだよ」
利き手と反対の手の甲が一番描きやすいのと、妖精と契約していることが一目でわかるため、そこに印を描く人がほとんどだった。
「えっと、ルルは水の妖精で、湖で水浴びしてる時に契約したから……」
(エイラァ! 適当なこと言わないでよ!)
契約印なんて体のどこにもないが、誤魔化すために万が一にも見せて欲しいとは言われないであろう部位にあると嘘をついた。
「へぇ、たぶんその妖精変態だな」
(変態じゃなーい!)
――ピュッ
「うわっ」
――ピュッピュッ
「えっなんだよ」
変態呼ばわりされたルルが怒ってジュードの顔に四方八方から水を飛ばす。
「ルルが変態なんかじゃないって」
――ピュッ
「悪かったって! 変態はエイラだった!」
「ええ! なんでそうなるの」
「だって太腿の付け根なんかに印描くやついないぜ?」
「もう、それはいいから!」
今度はエイラが拗ねたように頬を膨らますと、ジュードは目を細めて笑った。目を覚ましてから初めてのジュードの笑顔にエイラもつられて笑顔になった。
「ジュード、明日からよろしくね」
「ああ、こちらこそ」
正直、エイラは少し心細かったため、旅の仲間ができたことが嬉しくもあった。
「そういえば、ジュードの探し物って何?」
聞かれたジュードは急に表情が曇ってくる。膝の上で拳を震わせ小さな声で答えた。
「…………精霊の源」
「えっ……」
小さな声だったがしっかりと聞こえた。
まさかジュードが探しているものがエイラが宿している精霊の源だとは思っていなかった。
「先代の精霊賢者が亡くなってからまだ新しい精霊賢者が現れていない。だから今も精霊の源は大気を彷徨っているはず。俺はそれを手に入れたいんだ」
精霊の源は宿った人間が亡くなると大気中へ放たれ彷徨いながら次に宿る人間を探すと言われている。今までは先代が亡くなってから一年以内に次の精霊賢者が現れていたが、今回、先代の精霊賢者が亡くなってからもう十年経つのにまだ新しい精霊賢者は現れていないと国では問題になっていた。
「どうやって、精霊の源を見つけるの?」
「それは、わからない。先代の精霊賢者は出逢えばわかると言っていた。だから俺は出逢うために旅をしてるんだ」
エイラの旅の目的は精霊の源を放棄するためだった。このまま力を持ち続ければいつか国に見つかり、国のために力を使わなければならなくなる。そうなる前に手放したかった。出来るなら、この強大な力を持つ精霊の源を消し去りたいと思っている。
(エイラ、どうするの? 目的が全く逆じゃない)
「けど、目的が違っても、お互いの目的を果たすための手段は同じだと思うの」
エイラは自身の目的は隠してジュードと共に旅をすることに決めた。
「見つかるといいね」
「ああ。エイラは何を探すの?」
「ん……私も出逢ってみないとわからないもの、かな?」
エイラが探しに行くのはこの世界を創ったと言われる世界樹、ユグドラシルだった。精霊の源もまたユグドラシルから生まれたとされ、精霊の源を放棄するためにはユグドラシルに還すしかないとルルから聞いたからだ。だが、ユグドラシルは一定の場所にあるのではなく、世界中のあらゆる場所に姿を現すと言われていた。ルルもユグドラシルを実際に見たことはない。
精霊の源を還してしまえば、次の精霊賢者が現れることはなくなる。この国にとっては大きな損害になってしまうかもしれないが、エイラはそれで良いと思っていた。精霊賢者がいないこの十年だって人々は平和に、豊かに暮らしている。
「ジュードは精霊の源を手に入れて、どうすの?」
「俺は、強くなりたいんだ。もう、誰かに大切なものを奪われないように。自分の力で守れるように」
(大切なもの……)
ジュードの瞳は強く、意思の固い表情をしていた。だが、大切なものを精霊賢者によって全て壊されたエイラはその言葉に喉の奥が熱くなった。
「みんな、自分の大切なものを守るのに必死で誰かの大切なものは見えていなかったりするんだよ」
「え?」
聞こえるか聞こえないかほどの声で呟いたエイラにジュードは首をかしげたが、エイラは眉を下げて笑い首を横に振る。
「ううん、なんでもない。明日朝早くに出発だし、もう寝よう」
エイラはランプの明かりを消すと眠りについた。