次の日は朝からモラレス公爵邸には思いがけない客人がやって来ていた。
使用人に呼ばれたジュードとエイラは客人が待っている応接間へと入る。
「やぁ、ジュード、エイラちゃん昨日ぶり」
そこにはアンドリューと、金髪碧眼で華やかなドレスを着た美しい女性がいた。
エイラがこの綺麗な人は誰だろう、と見惚れているとアンドリューが紹介してくれた。
「彼女はマリアンヌ王女だよ」
「お、王女様!?」
「あと、ジュードの婚約者だよ」
「こ、ここここん、婚約者……!?」
エイラは驚きのあまり大声をあげそうになるが必死に抑え、頭を下げる。
「お、お初にお目にかかります王女殿下。エイラと申します」
エイラのたどたどしい挨拶にマリアンヌはクスッと笑う。
「そんなにかしこまらないで。あなたのこと、アンドリューから聞いたわ。ジュードと一緒に旅してるんでしょ?」
「はい……」
マリアンヌの上品で落ち着いた笑みにエイラは恐縮するも、ジュードはいつも通りだ。
「マリアンヌ、何か用?」
「何か用? って。久しぶりに婚約者に会ったのにつれないのね」
ジュードは昔からマリアンヌに対して冷めた態度だった。嫌っている訳でもないが、産まれてすぐ精霊賢者の息子というだけで王女の婚約者になったことに納得がいっていなかった。
「でも、用があるから来たんだろ?」
マリアンヌは昔から変わらない態度のジュードにやれやれ、とため息をつきながらも自らモラレス邸まで出向いた理由を話し始めた。
「お兄様が暗殺未遂に合ったことは知ってるわよね?」
「ああ」
「その少し前にモラレス公爵とジェイコブ騎士団長が私のところに訪ねてきたの」
ジュードが旅に出て暫くした頃、ヘンリーとジェイコブはマリアンヌにこんな提案をした。
『あんな愛想もない、いつ戻ってくるかもわからないジュードとの婚約は破棄してアンドリューと婚約しないか』
面倒だったマリアンヌは適当に受け流したが、その後王太子である兄が暗殺未遂に合ったのだ。
マリアンヌはある仮説を立てた。王太子である兄が亡くなれば他に国王を継ぐものはおらずマリアンヌは嫁に行くことはなくなり、女王になる。ジェイコブは自分の息子、アンドリューを王配殿下にするために兄を殺そうとしたのではないかと。
――――――――――
「そんなことが……」
「俺、婚約の話なんで全然知らなくてびっくりしたぜ」
アンドリューもマリアンヌの話はここへくる途中で初めて聞いていた。
「だけど、不自然なことも多いのよ」
昨日、ジュードとアンドリューが話していた通り、ジェイコブが自ら依頼した暗殺者を取り押さえるとは考えにくい。それに本当に暗殺するなら夜会などという目立った場面ではなく、誰にも見つからないように、何も証拠が残らないやり方をとるはずだ。
「王太子の暗殺を企てている者が他にもいる?」
もし他に主犯がいるのなら本当にややこしい事態になっている。
「それとジュード、あなた本当に最悪なタイミングで帰ってきたわね」
ジュードが旅に出たのを良いことに勝手に婚約を破棄し、アンドリューを婚約者にしようとしているジェイコブとヘンリーにとってジュードが帰ってきたことは都合が悪い。
「お兄様は例の一件があって厳重な警備態勢が引かれているわ。お兄様より先にジュードの命が狙われるかもね」
だが、命が狙われることによって二人の悪事を暴くことが出来るのならそれを利用すればいい。
「臨むところだ」
作戦会議をしてその日は解散した。ジェイコブが釈放される明日、きっとヘンリーと会うはずだ。二人はジュードとマリアンヌが一緒にいるところを見れば何か行動を起こしてくるはず。
アンドリューとマリアンヌが帰った後、エイラは不安そうにジュードに聞いた。
「ねぇジュード、何か私に出来ることある?」
「大丈夫。精霊の源のこともあるし、エイラは安全な場所にいて欲しい」
「そ、っか……ジュード、無茶はしないでね」
ジュードはきっと今回のことに並々ならぬ思いでいるだろう。
王都に来る前は力になると息巻いて来たのに、先ほどの話もエイラは黙って聞くことしか出来ず、力になることも出来ない。エイラは何も出来ない自分が悔しかった。
「それにしても、王女様と婚約してるなんてびっくりしたよ。どうして言ってくれなかったの?」
公爵家の跡取りだということにも驚いたが、まさか婚約者が王女だなんてジュードの身の上には驚かされてばかりだ。
「それは……エイラには関係ないことだから」
(関係ない……か)
――――――――――
その日の夜、エイラはなかなか寝付けずベッドでボーッと休んでいると、突然見たことのない妖精が現れた。
「ねぇ、こっちに来て」
その妖精は部屋の外へ来るよう手招きする。エイラは疑問に思いながらも起き上がり付いていこうとするがルルが咄嗟に引き留めた。
「エイラ、何かの罠だったら危ないよ!」
「でも、ヘンリーさんは今日も帰って来なかったし……」
「ジュードに一緒に来てもらおうよ」
「あっ、そうだね」
エイラはジュードの部屋をノックし、声をかける。
「ジュード、起きてる?」
寝ていたのかジュードは目を擦りながらドアを開けた。眠そうに細めた目がエイラを見た瞬間大きく見開く。
「!! ね、寝巻きでうろつくなよ!」
「し、ず、か、に!」
狼狽えるジュードをお構い無しにエイラは部屋から連れ出す。
「ちょっと付いてきて」
「えっ、なに」
ジュードは訳もわからずエイラに付いて行く。先ほどの妖精は廊下でエイラを待っていた。二人が付いてくるのを確認すると妖精はある部屋へと案内した。
「ここは伯父上の書斎……」
妖精は蔓を出し鍵穴に入れると鍵が開く音がした。ジュードはゆっくりとドアを開け、中の様子を伺う。
「入ってみよう」
ジュードが先に中へ入り、エイラも続いて中へ入るとゆっくりとドアを閉める。
――バサッ
「ひっ!!」
いきなり、ドアの横にあった棚から分厚い本が落ちてきて、本に挟んだあった書類が散らばった。エイラは本と書類をそっと拾う。
「毒……調合法?」
「エイラそれって」
ジュードもエイラの持つ書類を覗き込む。そこには毒薬の調合方法と入手経路、そして王宮コックのリストが書かれてあった。
「コックを買収して王太子を毒殺しようといていたのかもしれない」
「ジュード、早くこのこと知らせないと」
「ああ」
次の日の早朝、ジュードは王宮へ向かった。昨日ヘンリーの書斎で見つけた書類を持って。
使用人に呼ばれたジュードとエイラは客人が待っている応接間へと入る。
「やぁ、ジュード、エイラちゃん昨日ぶり」
そこにはアンドリューと、金髪碧眼で華やかなドレスを着た美しい女性がいた。
エイラがこの綺麗な人は誰だろう、と見惚れているとアンドリューが紹介してくれた。
「彼女はマリアンヌ王女だよ」
「お、王女様!?」
「あと、ジュードの婚約者だよ」
「こ、ここここん、婚約者……!?」
エイラは驚きのあまり大声をあげそうになるが必死に抑え、頭を下げる。
「お、お初にお目にかかります王女殿下。エイラと申します」
エイラのたどたどしい挨拶にマリアンヌはクスッと笑う。
「そんなにかしこまらないで。あなたのこと、アンドリューから聞いたわ。ジュードと一緒に旅してるんでしょ?」
「はい……」
マリアンヌの上品で落ち着いた笑みにエイラは恐縮するも、ジュードはいつも通りだ。
「マリアンヌ、何か用?」
「何か用? って。久しぶりに婚約者に会ったのにつれないのね」
ジュードは昔からマリアンヌに対して冷めた態度だった。嫌っている訳でもないが、産まれてすぐ精霊賢者の息子というだけで王女の婚約者になったことに納得がいっていなかった。
「でも、用があるから来たんだろ?」
マリアンヌは昔から変わらない態度のジュードにやれやれ、とため息をつきながらも自らモラレス邸まで出向いた理由を話し始めた。
「お兄様が暗殺未遂に合ったことは知ってるわよね?」
「ああ」
「その少し前にモラレス公爵とジェイコブ騎士団長が私のところに訪ねてきたの」
ジュードが旅に出て暫くした頃、ヘンリーとジェイコブはマリアンヌにこんな提案をした。
『あんな愛想もない、いつ戻ってくるかもわからないジュードとの婚約は破棄してアンドリューと婚約しないか』
面倒だったマリアンヌは適当に受け流したが、その後王太子である兄が暗殺未遂に合ったのだ。
マリアンヌはある仮説を立てた。王太子である兄が亡くなれば他に国王を継ぐものはおらずマリアンヌは嫁に行くことはなくなり、女王になる。ジェイコブは自分の息子、アンドリューを王配殿下にするために兄を殺そうとしたのではないかと。
――――――――――
「そんなことが……」
「俺、婚約の話なんで全然知らなくてびっくりしたぜ」
アンドリューもマリアンヌの話はここへくる途中で初めて聞いていた。
「だけど、不自然なことも多いのよ」
昨日、ジュードとアンドリューが話していた通り、ジェイコブが自ら依頼した暗殺者を取り押さえるとは考えにくい。それに本当に暗殺するなら夜会などという目立った場面ではなく、誰にも見つからないように、何も証拠が残らないやり方をとるはずだ。
「王太子の暗殺を企てている者が他にもいる?」
もし他に主犯がいるのなら本当にややこしい事態になっている。
「それとジュード、あなた本当に最悪なタイミングで帰ってきたわね」
ジュードが旅に出たのを良いことに勝手に婚約を破棄し、アンドリューを婚約者にしようとしているジェイコブとヘンリーにとってジュードが帰ってきたことは都合が悪い。
「お兄様は例の一件があって厳重な警備態勢が引かれているわ。お兄様より先にジュードの命が狙われるかもね」
だが、命が狙われることによって二人の悪事を暴くことが出来るのならそれを利用すればいい。
「臨むところだ」
作戦会議をしてその日は解散した。ジェイコブが釈放される明日、きっとヘンリーと会うはずだ。二人はジュードとマリアンヌが一緒にいるところを見れば何か行動を起こしてくるはず。
アンドリューとマリアンヌが帰った後、エイラは不安そうにジュードに聞いた。
「ねぇジュード、何か私に出来ることある?」
「大丈夫。精霊の源のこともあるし、エイラは安全な場所にいて欲しい」
「そ、っか……ジュード、無茶はしないでね」
ジュードはきっと今回のことに並々ならぬ思いでいるだろう。
王都に来る前は力になると息巻いて来たのに、先ほどの話もエイラは黙って聞くことしか出来ず、力になることも出来ない。エイラは何も出来ない自分が悔しかった。
「それにしても、王女様と婚約してるなんてびっくりしたよ。どうして言ってくれなかったの?」
公爵家の跡取りだということにも驚いたが、まさか婚約者が王女だなんてジュードの身の上には驚かされてばかりだ。
「それは……エイラには関係ないことだから」
(関係ない……か)
――――――――――
その日の夜、エイラはなかなか寝付けずベッドでボーッと休んでいると、突然見たことのない妖精が現れた。
「ねぇ、こっちに来て」
その妖精は部屋の外へ来るよう手招きする。エイラは疑問に思いながらも起き上がり付いていこうとするがルルが咄嗟に引き留めた。
「エイラ、何かの罠だったら危ないよ!」
「でも、ヘンリーさんは今日も帰って来なかったし……」
「ジュードに一緒に来てもらおうよ」
「あっ、そうだね」
エイラはジュードの部屋をノックし、声をかける。
「ジュード、起きてる?」
寝ていたのかジュードは目を擦りながらドアを開けた。眠そうに細めた目がエイラを見た瞬間大きく見開く。
「!! ね、寝巻きでうろつくなよ!」
「し、ず、か、に!」
狼狽えるジュードをお構い無しにエイラは部屋から連れ出す。
「ちょっと付いてきて」
「えっ、なに」
ジュードは訳もわからずエイラに付いて行く。先ほどの妖精は廊下でエイラを待っていた。二人が付いてくるのを確認すると妖精はある部屋へと案内した。
「ここは伯父上の書斎……」
妖精は蔓を出し鍵穴に入れると鍵が開く音がした。ジュードはゆっくりとドアを開け、中の様子を伺う。
「入ってみよう」
ジュードが先に中へ入り、エイラも続いて中へ入るとゆっくりとドアを閉める。
――バサッ
「ひっ!!」
いきなり、ドアの横にあった棚から分厚い本が落ちてきて、本に挟んだあった書類が散らばった。エイラは本と書類をそっと拾う。
「毒……調合法?」
「エイラそれって」
ジュードもエイラの持つ書類を覗き込む。そこには毒薬の調合方法と入手経路、そして王宮コックのリストが書かれてあった。
「コックを買収して王太子を毒殺しようといていたのかもしれない」
「ジュード、早くこのこと知らせないと」
「ああ」
次の日の早朝、ジュードは王宮へ向かった。昨日ヘンリーの書斎で見つけた書類を持って。