次の日の朝エイラが目を覚ますと、木漏れ日に泉が照され神聖な空間が造り出されていた。
「本当、不思議な場所……」
ふと、泉の畔に目をやるとジュードが腰を下ろし、足を泉に浸けている。エイラはジュードの側に行くと横にしゃがみ込む。
「足、大丈夫?」
ジュードは横目でチラッとエイラを見ると負傷した方の足を見下ろした。
「ああ、傷口も塞がってもうなんともないよ」
エイラはジュードの足を覗くと、突然自身のスカートの裾を膝上まで捲り上げる。
「っ!! なにやってんだよ」
「私も泉に浸かろうと思って」
ジュードは顔を赤くし、隣に座るエイラから目線を反らす。
「ちょっとは恥じらいってもんを持てよ」
「でも、ジュードにはもう見られてるし? これくらいいいでしょ」
「はあ、俺はもう行くから」
ジュードは大袈裟にため息を吐くと赤くした顔を隠すように、泉から上がり出て行く。
「えぇ。一緒に浸かろうよ」
エイラは腰を下ろし泉に足を浸けると体の後ろに両手を着き背中を反らすように、立ち上がったジュードを見上げる。その少し赤らんだ顔が見えると、ふふっと笑いそのまま見送った。
エイラは泉に浸けた足をパタパタさせながら、何気なく着いた手元に目をやると、見たことのない綺麗な花が咲いているのに気が付く。
「綺麗な花……」
エイラがじっと花を眺めているとエマがどこからともなくひょこっと姿を現す。
「その花は万陽花。この花の根がとても希少な薬になるのよ」
「薬……ハルが言ってた薬草ってこれのことかな……」
「ハルも良く仕事で採りに来てたわ。結構高く売れるの」
「へぇ、そうなんだ」
エイラは花の根元からそっと掘り出し、ポケットに入れてあった麻袋を取り戻すと万陽花を入れる。
「持って行くの?」
「うん。せっかく見つけたから、なんか放っとくのももったいないなぁって」
そう言うと万陽花を入れた麻袋をポケットに仕舞い立ち上がると、スカートの裾を整えジュードのところへ戻った。
「ジュード、もう出発する?」
「ああ、そうだな」
二人は荷物を持つと聖獣の森を出発した。ルル、フィブ、エマも共に。
――――――――――
「ここが、王都……」
王都へ初めて来たエイラは人、建物、全てにおいて圧倒された。ランドールとはまた違った賑わいがあり、上品で煌びやかな雰囲気だ。
「ねぇジュード。私、なんか場違いな感じしない?」
「別にそんなことないけど。王都でも街によって色々だし」
ジュードは気にすることもなくずんずんと王都の道を歩いて行く。迷うことなく進んでいくジュードの後ろをエイラはただ付いて歩いた。
暫く歩き、立派な屋敷の門の前で止まるとジュードは深く深呼吸をする。
「エイラ、王都でいる間は俺の家に泊まるけど、この家にはヘンリー伯父上がいる。絶対力は使わないで」
「えっ? えぇ?」
目の前の立派な屋敷がジュードの家であることも、王都にいる間ジュードの家に泊まることも初耳だったエイラは真剣な表情のジュードとは裏腹に間抜けな顔になっている。
そんなエイラをよそにジュードは門を開け、屋敷の敷地内へ入って行く。
「え! ジュード、待って」
ジュードは玄関のドアを躊躇なく開けた。自分の家なのだから当たり前だが、エイラは緊張しながら恐る恐る屋敷に入る。
「っ、ジュード様!」
屋敷にいる使用人がジュードを見て、目を見開き驚く。
「あの、お邪魔します……」
ジュードの後ろでエイラはとりあえず挨拶をしておいた。
すると、パタパタと廊下を駆けてくる音が聞こえてくる。
「ジュード!」
「母上」
ジュードの前で立ち止まると息を整え、優しい微笑みを向ける。
「おかえりなさい」
「ただいま」
ジュードの母が、ジュードの後ろで遠慮がちに立っているエイラに気が付くとエイラにも優しく微笑む。
「あの、はじめまして。エイラと言います」
「エイラとは一緒に旅をしてるんだ。次の目的地に向かうまでの間ここに泊まってもらおうと思ってる」
旅を終え、帰ってきたわけではないとわかった母は少し残念そうな顔をするが、それでも元気そうな我が子に会うことができて良かったと肩の力を抜いた。
「そうなの。エイラさん、大したおもてなしは出来ないけどゆっくりしていってね」
「はい、ありがとうございます」
ジュードは自室から一番近い客室へとエイラを案内した。
「エイラ、荷物置いたら行きたいところがあるんだ」
「うん、わかった」
――――――――――
二人が向かったのは騎士団の訓練場だった。もう薄暗い訓練場で一人、風の魔法を使いながら剣を振るっている騎士がいる。
「アンドリュー」
声をかけられたアンドリューは振り返りジュードを見ると驚きながらも嬉しそうに近づいてくる。
「ジュード! 戻ってきたのか!」
「ああ、少しの間王都に滞在する。それで、アンドリューに聞きたいことがあるんだ」
「親父のことだろ? 我が父親ながらほんと呆れる」
「もうすぐ釈放されるんだろ?」
「明後日だよ。全く、つかの間の平穏だったぜ」
ジュードとアンドリューの会話にエイラはある疑問が浮かぶ。
「ジュード、この人のお父さんって……」
エイラはジュードの服の裾を引っ張り、耳元でこっそり聞いた。
「ジェイコブ騎士団長だよ」
「えぇ…… 例の、あの人?」
「そう。でもアンドリューは信用できるやつだから」
不安そうにしているエイラに優しく話をするジュードを見てアンドリューはニヤつく。
「ところでジュード、可愛い子連れてんじゃん」
「一緒に旅してるんだ。エイラだよ」
紹介されたエイラはアンドリューの方を向き軽くお辞儀をする。
「はじめまして、エイラです」
「アンドリューだ。よろしく」
アンドリューに手を差し出されたエイラは反射的に手を握り返した。エイラの手を握りながら、にこりと微笑むアンドリューの手をジュードが振り払う。
「それで、アンドリュー。ジェイコブ団長のこと詳しく聞きたいんだけど」
「ああ、それがちょっとややこしいことになってんだよ」
――――――――――
王太子暗殺未遂があったのは王族主催の夜会でのことだった。
婚約者の令嬢とダンスを終えた王太子が王族席へ戻ろうとした時、給仕の男がいきなり王太子に斬りかかろうとした。その時、王族の身辺警護にあたっていたジェイコブがその男を取り押さえたが、捕まった男はその後尋問でジェイコブの指示でやったと供述したのだ。
すぐにジェイコブも拘束されたが、男が刑を免れるために虚偽の発言をしていると主張し、証拠も不十分だっため釈放されることになった。
――――――――――
「自分で依頼した暗殺者を自分で取り押さえたのか?」
「そうなんだよ。それにこんなこと言うのはなんだけど、夜会で斬りかかるなんて、親父にしては計画が甘い気がする」
確かに、十年前ジェイコブの策略で一つの村が無くなったが共謀したヘンリー以外他に真実を知るものはおらず証拠もないため、今もジェイコブはのうのうと騎士団長をしている。
「何か裏がありそうだな……伯父上のことも気になるし」
ジュードはアンドリューに話を聞き、その日はすぐ屋敷へ帰った。
屋敷へ帰ると、エイラは見たこともないような豪勢なディナーが用意されていた。
「急だったからこんなものしか用意できなくてごめんなさいね。けれどうちのシェフ、腕は良いの。たくさん食べてね」
「ありがとうございます……」
ジュードの母に促されテーブルについたが、何をどうやって食べていいかわからず、隣に座るジュードの方を見た。ジュードは両手でナイフとフォークを持ち、上品に料理を食べている。
「慣れてる……」
エイラの視線に気付いたジュードは首をかしげエイラの方を向く。
「食べないの?」
「えっと……どうやって食べたらいいのかなぁ、って」
料理を前に緊張している様子のエイラを可愛らしいなと思いながら優しく答える。
「好きなように食べたらいいよ」
だが、エイラはたくさん並んだカトラリーに両手が迷子になっている。その様子にジュードは小さく笑うと右手に持っていたナイフを置き、フォークに持ち変えた。
「ジュード?」
エイラがジュードの行動を不思議に思っていると、ジュードはフォークで料理を突き刺しながら食べはじめたのだ。
「ほら、こんな感じでいいから」
ジュードの気遣いにエイラは顔を緩ませ、同じように右手にフォークを持つとやっと料理を口にする。
「うーん! すごく美味しいっ」
左手を頬に当てながらジュードに笑いかかけるエイラとそれを穏やかな表情で見ているジュードを、母や使用人たちは微笑ましく眺めた。
「そういえば、ヘンリー伯父上は? いないの?」
「兄様は、最近忙しいとかで帰ってこないことが多いのよ」
二人は事の元凶の一人であるヘンリーがいないことにホッと、肩の力を抜く。
「だからエイラさん、気を遣わずゆっくりしてね」
「ありがとうございます」
その後はのんびりと楽しいディナーの時間を過ごした。
「本当、不思議な場所……」
ふと、泉の畔に目をやるとジュードが腰を下ろし、足を泉に浸けている。エイラはジュードの側に行くと横にしゃがみ込む。
「足、大丈夫?」
ジュードは横目でチラッとエイラを見ると負傷した方の足を見下ろした。
「ああ、傷口も塞がってもうなんともないよ」
エイラはジュードの足を覗くと、突然自身のスカートの裾を膝上まで捲り上げる。
「っ!! なにやってんだよ」
「私も泉に浸かろうと思って」
ジュードは顔を赤くし、隣に座るエイラから目線を反らす。
「ちょっとは恥じらいってもんを持てよ」
「でも、ジュードにはもう見られてるし? これくらいいいでしょ」
「はあ、俺はもう行くから」
ジュードは大袈裟にため息を吐くと赤くした顔を隠すように、泉から上がり出て行く。
「えぇ。一緒に浸かろうよ」
エイラは腰を下ろし泉に足を浸けると体の後ろに両手を着き背中を反らすように、立ち上がったジュードを見上げる。その少し赤らんだ顔が見えると、ふふっと笑いそのまま見送った。
エイラは泉に浸けた足をパタパタさせながら、何気なく着いた手元に目をやると、見たことのない綺麗な花が咲いているのに気が付く。
「綺麗な花……」
エイラがじっと花を眺めているとエマがどこからともなくひょこっと姿を現す。
「その花は万陽花。この花の根がとても希少な薬になるのよ」
「薬……ハルが言ってた薬草ってこれのことかな……」
「ハルも良く仕事で採りに来てたわ。結構高く売れるの」
「へぇ、そうなんだ」
エイラは花の根元からそっと掘り出し、ポケットに入れてあった麻袋を取り戻すと万陽花を入れる。
「持って行くの?」
「うん。せっかく見つけたから、なんか放っとくのももったいないなぁって」
そう言うと万陽花を入れた麻袋をポケットに仕舞い立ち上がると、スカートの裾を整えジュードのところへ戻った。
「ジュード、もう出発する?」
「ああ、そうだな」
二人は荷物を持つと聖獣の森を出発した。ルル、フィブ、エマも共に。
――――――――――
「ここが、王都……」
王都へ初めて来たエイラは人、建物、全てにおいて圧倒された。ランドールとはまた違った賑わいがあり、上品で煌びやかな雰囲気だ。
「ねぇジュード。私、なんか場違いな感じしない?」
「別にそんなことないけど。王都でも街によって色々だし」
ジュードは気にすることもなくずんずんと王都の道を歩いて行く。迷うことなく進んでいくジュードの後ろをエイラはただ付いて歩いた。
暫く歩き、立派な屋敷の門の前で止まるとジュードは深く深呼吸をする。
「エイラ、王都でいる間は俺の家に泊まるけど、この家にはヘンリー伯父上がいる。絶対力は使わないで」
「えっ? えぇ?」
目の前の立派な屋敷がジュードの家であることも、王都にいる間ジュードの家に泊まることも初耳だったエイラは真剣な表情のジュードとは裏腹に間抜けな顔になっている。
そんなエイラをよそにジュードは門を開け、屋敷の敷地内へ入って行く。
「え! ジュード、待って」
ジュードは玄関のドアを躊躇なく開けた。自分の家なのだから当たり前だが、エイラは緊張しながら恐る恐る屋敷に入る。
「っ、ジュード様!」
屋敷にいる使用人がジュードを見て、目を見開き驚く。
「あの、お邪魔します……」
ジュードの後ろでエイラはとりあえず挨拶をしておいた。
すると、パタパタと廊下を駆けてくる音が聞こえてくる。
「ジュード!」
「母上」
ジュードの前で立ち止まると息を整え、優しい微笑みを向ける。
「おかえりなさい」
「ただいま」
ジュードの母が、ジュードの後ろで遠慮がちに立っているエイラに気が付くとエイラにも優しく微笑む。
「あの、はじめまして。エイラと言います」
「エイラとは一緒に旅をしてるんだ。次の目的地に向かうまでの間ここに泊まってもらおうと思ってる」
旅を終え、帰ってきたわけではないとわかった母は少し残念そうな顔をするが、それでも元気そうな我が子に会うことができて良かったと肩の力を抜いた。
「そうなの。エイラさん、大したおもてなしは出来ないけどゆっくりしていってね」
「はい、ありがとうございます」
ジュードは自室から一番近い客室へとエイラを案内した。
「エイラ、荷物置いたら行きたいところがあるんだ」
「うん、わかった」
――――――――――
二人が向かったのは騎士団の訓練場だった。もう薄暗い訓練場で一人、風の魔法を使いながら剣を振るっている騎士がいる。
「アンドリュー」
声をかけられたアンドリューは振り返りジュードを見ると驚きながらも嬉しそうに近づいてくる。
「ジュード! 戻ってきたのか!」
「ああ、少しの間王都に滞在する。それで、アンドリューに聞きたいことがあるんだ」
「親父のことだろ? 我が父親ながらほんと呆れる」
「もうすぐ釈放されるんだろ?」
「明後日だよ。全く、つかの間の平穏だったぜ」
ジュードとアンドリューの会話にエイラはある疑問が浮かぶ。
「ジュード、この人のお父さんって……」
エイラはジュードの服の裾を引っ張り、耳元でこっそり聞いた。
「ジェイコブ騎士団長だよ」
「えぇ…… 例の、あの人?」
「そう。でもアンドリューは信用できるやつだから」
不安そうにしているエイラに優しく話をするジュードを見てアンドリューはニヤつく。
「ところでジュード、可愛い子連れてんじゃん」
「一緒に旅してるんだ。エイラだよ」
紹介されたエイラはアンドリューの方を向き軽くお辞儀をする。
「はじめまして、エイラです」
「アンドリューだ。よろしく」
アンドリューに手を差し出されたエイラは反射的に手を握り返した。エイラの手を握りながら、にこりと微笑むアンドリューの手をジュードが振り払う。
「それで、アンドリュー。ジェイコブ団長のこと詳しく聞きたいんだけど」
「ああ、それがちょっとややこしいことになってんだよ」
――――――――――
王太子暗殺未遂があったのは王族主催の夜会でのことだった。
婚約者の令嬢とダンスを終えた王太子が王族席へ戻ろうとした時、給仕の男がいきなり王太子に斬りかかろうとした。その時、王族の身辺警護にあたっていたジェイコブがその男を取り押さえたが、捕まった男はその後尋問でジェイコブの指示でやったと供述したのだ。
すぐにジェイコブも拘束されたが、男が刑を免れるために虚偽の発言をしていると主張し、証拠も不十分だっため釈放されることになった。
――――――――――
「自分で依頼した暗殺者を自分で取り押さえたのか?」
「そうなんだよ。それにこんなこと言うのはなんだけど、夜会で斬りかかるなんて、親父にしては計画が甘い気がする」
確かに、十年前ジェイコブの策略で一つの村が無くなったが共謀したヘンリー以外他に真実を知るものはおらず証拠もないため、今もジェイコブはのうのうと騎士団長をしている。
「何か裏がありそうだな……伯父上のことも気になるし」
ジュードはアンドリューに話を聞き、その日はすぐ屋敷へ帰った。
屋敷へ帰ると、エイラは見たこともないような豪勢なディナーが用意されていた。
「急だったからこんなものしか用意できなくてごめんなさいね。けれどうちのシェフ、腕は良いの。たくさん食べてね」
「ありがとうございます……」
ジュードの母に促されテーブルについたが、何をどうやって食べていいかわからず、隣に座るジュードの方を見た。ジュードは両手でナイフとフォークを持ち、上品に料理を食べている。
「慣れてる……」
エイラの視線に気付いたジュードは首をかしげエイラの方を向く。
「食べないの?」
「えっと……どうやって食べたらいいのかなぁ、って」
料理を前に緊張している様子のエイラを可愛らしいなと思いながら優しく答える。
「好きなように食べたらいいよ」
だが、エイラはたくさん並んだカトラリーに両手が迷子になっている。その様子にジュードは小さく笑うと右手に持っていたナイフを置き、フォークに持ち変えた。
「ジュード?」
エイラがジュードの行動を不思議に思っていると、ジュードはフォークで料理を突き刺しながら食べはじめたのだ。
「ほら、こんな感じでいいから」
ジュードの気遣いにエイラは顔を緩ませ、同じように右手にフォークを持つとやっと料理を口にする。
「うーん! すごく美味しいっ」
左手を頬に当てながらジュードに笑いかかけるエイラとそれを穏やかな表情で見ているジュードを、母や使用人たちは微笑ましく眺めた。
「そういえば、ヘンリー伯父上は? いないの?」
「兄様は、最近忙しいとかで帰ってこないことが多いのよ」
二人は事の元凶の一人であるヘンリーがいないことにホッと、肩の力を抜く。
「だからエイラさん、気を遣わずゆっくりしてね」
「ありがとうございます」
その後はのんびりと楽しいディナーの時間を過ごした。