「……ん」
「エイラ!」
「ルル……」

 目を覚ましたエイラの顔をルルは心配そうに覗き込む。

「大丈夫? どこか痛いところはない?」
「うん。大丈夫だよ」

 エイラは体を起こし、辺りを見回す。
 聖獣に連れ去られた後のことは何も覚えていなかった。

「聖獣は?」
「聖獣はもういないよ。次にユグドラシルが現れる場所を教えてくれた」
「えっ! そうなの?」

 エイラは自分が眠っている間に何があったのかと気になったが、それよりも先ほどからずっとエイラに背を向けているジュードが気になって仕方がない。

「ねぇジュード、助けてくれたんだよね。ありがとう。どうしてずっと後ろ向いてるの?」
「エイラ、それ」

 ジュードは後ろを向いたままエイラのすぐ横を指差す。そこにはエイラの服が置かれていた。

「え……」

 エイラは下を向き自分の体を見ると着ているのはジュードのローブだけで、隙間から素肌が見え隠れしている。

「っ!!!!」

 エイラは急いで服を取ると背を向けているジュードに背を向け、ローブの中で器用に着替える。
 ジュードは脱がされた服を探し見つけたものの、さすがに着せることは出来なかった。

「み、見た……よね?」
「……………………………少し」
「だよね……」

 エイラはそう言いながらハッとした。

「ジュード。どこ、見た?」
「どこって……」
「太腿の付け「見てないから!!」

 ジュードは見ていない振りをしようと思っていた。だが、露骨に否定するジュードにエイラは見られたことに気が付く。

「ジュード、黙っててごめんね」
「何で言うんだよ」
「ジュード……」
「何も知らなければ今まで通り一緒に旅を続けられたのに」

 着替え終わったエイラはジュードの前へ回ると顔を覗くようにしゃがみ込む。

「私のこと幻滅した?」

 ジュードは何も言わず、揺れた瞳でエイラをじっと見つめる。

「前に言ってたよね。新しい精霊賢者が現れたら探すのは辞めるって。もう旅は辞める?」

「…………」

 エイラは黙り込み何も言わないジュードに少し苛立ちを感じ、ジュードの腰に差してある剣の柄に手をかける。

「それとも私のことを殺して精霊の源を手に入れる?」
「っ!! 冗談でもそんなこと言うなよ!」

 ずっと黙っていたジュードはエイラが手をかけた剣を奪うように引き込めると声を荒げた。

「そんなことしたって精霊の源は手に入らないのはわかってる。それに、今の俺にとってエイラ以上に大事なものなんて、ないんだ……」
「ジュード……」

 ジュードは息を吐き気持ちを落ち着かせるとエイラの手をそっと握る。

「俺、強くなりたいんだ」
「うん」
「でも、自分の力で強くならないと意味がない。だからもう、精霊の源はいらない」

 真剣な表情で見つめ合うエイラとジュードの間に、ルルが突然飛び出す。

「それに、ユグドラシルに精霊の源を還すって聖獣に約束したもんねっ」
「ルルっ」
「え? 約束?」

 エイラは眠っている間に聖獣とそんな約束を交わしていたことに驚く。

「一ヶ月後、幻霊の森にユグドラシルが現れるらしい。その時に必ず精霊の源を還す。それがエイラを助ける条件だった」
「ジュード、本当に精霊の源はもういらないの?」

 エイラは旅に出る前は精霊の源を手放し、消し去りたいと考えていた。だが、ジュードがどうしても手に入れたいのならユグドラシルに還した後は好きにすればいいと思った。だから一緒に旅をしようと言ったのだ。エイラが精霊の源を手放す時とジュードが精霊の源を手に入れる時は同じ時だと。

「俺が、精霊の源を手に入れたかったのは強くなるためと、もう一つ理由があったんだ」
「もう一つの理由?」
「精霊の源の力を使い父上を死に追いやったやつに、精霊の源を悪用されないために、俺が先に手に入れたかった」

 ジュードは拳を握りしめ不安そうな顔でエイラを見る。

「エイラ、今から話すことはエイラにとって凄く酷なことだと思う。それでも俺は真実をちゃんと伝えたい。いいかな?」
「うん……」

 ジュードは旅に出るきっかけとなった出来事をエイラに話した。そして、先代の精霊賢者が自分の父親であることも。

 エイラは時折涙を滲ませながらジュードの話を聞いた。村が襲われたのはジュードの父を邪魔に思っていた者たちが故意的にしたこと。村の悲惨な状況にジュードの父が全てを焼き払わなければいけなかったこと。

「だからもう、あいつらに精霊の源が渡らなければ、俺はそれで良いんだ……」

 話を聞き終えたエイラは俯き握りしめるジュードの拳に手を重ねた。

「話してくれて、ありがとう」
「いや、今まで話さずにいてごめん」
「私のために言わないでいてくれたんでしょう?」

 ジュードは俯いたまま首を横に振る。

「俺がエイラに嫌われたくなかったんだ」
「嫌う訳ないじゃない」

 エイラは俯くジュードの頬にそっと手を当て顔を上げた。目線を合わせるとニヤリと笑い、ジュードの頬をぎゅっとつねる。

「っ! いってぇ」
「そんな顔しないで。これで、私たちの目的は同じになったよ。精霊の源をユグドラシルに還しに行こう」

 ジュードはつねられた頬をさすりながらフッと笑うとお返しにエイラの髪をわしゃわしゃと乱す。

「エイラ、ありがとう」
「え? なにが?」

 以前にも同じやり取りをしたな、と思い出しながらジュードはエイラを優しく見つめる。

「全部だよ」

 エイラの乱れた髪を梳かすように頭も何度も撫でた。

「あ、ジュード! 足、怪我してるじゃない」
「ああ、ちょっと油断した」
「大丈夫なの?」

 ジュードは聖獣に噛みつかれた足を投げ出すと傷口を擦る。

「本当はもっとひどかったんだ。あの泉に浸けてたら大分良くなった」
「あの泉、そんな力があるんだ……」

――――――――――

 もう遅くなっていたのと、ジュードの足が全快ではないため一晩聖獣の森で過ごすことにした。

「本当に、聖獣はほとんど姿をみせないんだね」

 エイラを拐ったあの聖獣が去って行ってから他の聖獣も一度も姿を現してはいない。
 妖精たちは飛び回っているが、魔物は生息しておらず討伐のための冒険者なども入ってこない静かな森だ。

 泉の側で火を起こし、ランドールから持って来ていた食料を温める。今度は普通に近くにいた火の妖精にお願いし火をつけてもらった。

「あの時も、エイラが力を使ったんだろ? 今考えてもやっぱり不自然だった」
「実は、そうなんだよね」

 今思えば不自然なことは他にもあった。

「エイラが本気を出せば、きっと俺なんか太刀打ちできないんだろうな」

 ドラコンを倒した時も全てはエイラの力だったのだろうと、今思えば納得がいく。

「私、力はあまり使いたくないの」
「力を使い過ぎると短命になるから?」
「それもあるけど」

 エイラは辺りを見回し、飛び回る妖精たちを眺める。

「無理やり力を使うの、申し訳ないなって。自分の意志と関係なく力が使われるのって、妖精たちにとっても良くないよね」
「エイラは優しいな」
「そうかな?」
「今までの精霊賢者たちはそんなこと考えてたのかな。父上も……」

 ジュードは焚き火の炎を見つめ、何かを思い出すように黙ってしまう。エイラはそのことには触れず、その後は暫く穏やかな沈黙が続いた。