ーーー 僕は、今年で17歳という、進路を真剣に考え始めないといけない時期を迎えた。

そんな僕は今朝、懐かしい夢を見ていた。

あれは、7年前の河川敷。八重お姉ちゃんに、勢いのままに告白をした日。

今思えば、そんな勇気がどこにあったのかと思う。

あれから僕は、今まで以上に、八重お姉ちゃんを意識して、多分、ぎこちなく接していた時もあっただろうと思う。

八重お姉ちゃんの方は相も変わらず、僕に優しく接してくれていたけれど、その優しさが、子供心に苦しかったことも覚えている。

初恋は呪いと、何かの本で読んだことあったけれど、このたちの悪さは、確かに言いえて妙だと思った。

いつも通りの朝。そのはずなのに、今日は懐かしい記憶との対面のお陰で、良い目覚めとは言えなかった。

いつも以上に重い足取りで、身支度を済ませ、お気に入りの本を忘れずに鞄に入れて、通い慣れた道と書いて、「通学路」と呼ぶ道を、体の向くままに進んでいく。

「おっはよ! 純也! 」

その道中、クラスメイトの活発な人気者女子、三葉(みつは)の平手を背中に受けるという、すっかりと日常とかした朝の恒例行事を迎える。

「おはよ。相変わらず元気だね」

三葉と対極的な挨拶を返す。そう。これもまた恒例行事。

「ねぇねぇ! 聞いてよ! 今朝さ、お母さんが寝坊して………」

僕の1日は、こうして、三葉の日常を聞く事から始まると言っても過言ではない。

そもそも、常にローテーションな僕と、常にハイテンションの彼女が、ここまで仲良くなったきっかけは、高校に入学してすぐの事だった。

ーーー 僕は、何もかも抜け落ちたかのように、怠惰な日常に甘えて、何となくで決めた高校に、何となくで登校をし、何となくで授業を受けて、何となくで入った図書委員の雑務をこなし、何となく日々を浪費していた。

そんなある日の放課後、これまた何となくで、高校から家までの道中にある、河川敷のコンクリートブロックに腰を下ろして、読書に更けていた時、不意に声をかけられた。

「ねぇねぇ。君、純也くんだよね? クラスメイトの? こんな所で何を読んでるの? えっちぃやつ?」

そんなちょいと下品な言葉から僕たちの関係は始まったのだった。

「えっちぃ? そんなジャンルは聞いたことないけど」

「いやいや、ニュアンスでわかるもんでしょ? それで? 何を読んでるの? 六法全書とか?」

「これが、そんなちょっとした凶器に使えそうなほど、重くて分厚く見える? 普通の小説だよ」

そんな僕の返答の何を気に入ったのか、三葉は豪快に笑い声をあげる。

「ぬわはは!! いや、純也くんってさ、話したことなかったけど、凄く面白い一人なんだね!!」

そんな何となくの一言。その何となくが、三葉の心に響いてしまったらしい。三葉は、笑い疲れたように、躊躇なく僕の隣に腰を下ろした。

「ねぇねぇ。それで、今読んでいる本はどんな本なの? 純也くんの好む物語がどんなものなのか、気になっちゃって!」

「ご期待に添えるような、コメデイタッチの話じゃないよ」

「あははっ!! いやいや、期待してないって!! 純粋に、気になっただけ!」

そんな三葉の好奇心から向けられた言葉は、どこか懐かしく感じた。

そうだ。確か、八重お姉ちゃんも、よく僕に問いを投げかけては、優しく寄り添ってくれていたっけ。

もしかしたら、三葉もそうなのだろうか。高校に入学して少し経って、クラスの中で、誰とも関わりを持とうてしない僕を気にかけて、声をかけてくれたのだろか?

「恋愛小説だよ。切ない話じゃなくて。純粋な恋の物語」

たからこそ、僕も三葉に心を許せたのかもしれない。三葉と、八重お姉ちゃんを重ねて、ホッとしたのかもしれない。

「恋愛小説!! へぇ〜、純也くんって、そういう物語が好きなんだ〜。私もね、漫画とか、アニメとか、映画とかになっちゃうけど、そういう物語は大好きだよ!そうか〜、じゃあさ、何かオススメがあったら教えてよ! 純也くんのオススメの恋愛小説を読んでみたい!」

三葉から向けられる言葉には、よく澄んだ夏空のように濁りひとつなく、僕の中にあるしこりを優しく撫でてくれるようで、思えばあの日から、少しずつ溶けていった僕の心は、いつしか、三葉に対して新しい感情を育ませていたんだと思う。

初恋という呪いの装備を、いとも簡単に解いてくれたその出会いは、奇しくも、その恋の苦みを知ったこの場所だった。