ティティアーナという娘が舞踏会の日の夜、自分の足を踏みつけて逃げて行った人物だということを知ったバルドは己の騎士達数人にティティアーナの捜索を命じた。

「必ず見つけ出してやる」

 名前もどこの家柄の娘なのかも知った今、ティティアーナに逃げられる場所はない。捕まえればもう自分からは逃げられないだろう。



 一方、そんなことなど知りもしないティティアーナはサリティア王国の左端にある街ノーゼにいた。

「はぁ、とても美味しいわ。パンケーキなんていつ振りかしら。ふさふさしてて、口の中で蜂蜜が広がってたまらないわ……!!」

 ティティアーナは街の中に立ち並ぶ喫茶店に立ち寄り、昼食を食べていた。
 ティティアーナが喫茶店で頼んだ三段で重なっているパンケーキはとても人気らしく、店内にはティティアーナの他にもパンケーキを頼んでいる客の姿が目に入る。

「このまま何事もなく国境付近へ辿り着くことができればいいのだけど」

 このサリティア王国の第一王子バルド・ウィリアムは眉目秀麗でとても人柄も良く、まさに女子の理想を詰め込んだかのような人物である。
 バルド王子と結ばれたくないわ!なんて言ったら彼を慕い、憧れている人に私は殺されてしまいそうだ。けれど、私はバルド王子殿下とは結ばれたくはないのだ。同じようなことを最初にも言ったようか気がするけれど。

 私は恋愛よりもこの世界でやりたいことを見つけたいのだ。そう私は本来の童話に出てきたシンデレラとは真逆である。私がシンデレラに転生してしまったことで王子と結ばれないという結末に変わってしまったとしても私の望むハッピーエンドを迎える為には国外へと逃亡するしかなかった。

「はぁ…… 本当、何かの手違いだわ」

 ティティアーナはため息を溢しながら、蜂蜜がかかったパンケーキを口に含む。
 喫茶店の窓から見える空は雲一つなく晴れ渡っていた。



 その日の夜、ティティアーナは夢を見た。転生前の姿をした私が妹に絵本を読み聞かせている。その絵本のタイトルには『シンデレラ』と書かれていた。

「ん……? あれ、ここどこ? あ、そうだわ。私、宿屋に泊まって部屋に着いた途端、すぐ寝ちゃったのね」

 ティティアーナは街ノーゼにある昨日、宿屋に泊まり、一夜を明かしたことを思い出し、ベッドの上から立ち上がり着替え始める。

「ゆっくりはしてられないわね。見つかって捕まってしまう可能性だってなくはないのだから。準備でき次第出発しましょう」

 しかし、ティティアーナは知らなかった。もう既にバルド王子の近衞騎士達がティティアーナの行く先に目星がついていたことを。



「殿下、ティティアーナ殿らしき人物を目撃したという目撃情報が左端にある街ノーゼで何件かありました。もしかしたら、ティティアーナ殿はヴィリーゼ国へ向かっているのかもしれません」

 バルドの近衞騎士であるエドルがバルドがいる執務室に入るなり新たな捜索情報を報告する。

「ヴィリーゼ国? ほう、なんでそう思った?」
「ティティアーナ殿が向かっている方向にヴィリーゼ国とサリティア王国を繋ぐ橋があるので。あと、これは私の憶測なのですが、殿下から逃げる為に国外へと逃げようとしているとも考えられるなと思いました」

 エドルの言葉にバルドは少し顔を顰める。そんなバルドを見てエドルは「私の推測なので実際はそうとは限りませんからね」と念押しする。

「ああ、わかっている。けど、そうか、なるほどな。エドル、お前が言ったこと、もしかしたら当たっているかもしれない」

 ティティアーナはエドルの言った通り、サリティア王国の隣国であるヴィリーゼ国へと逃げようとしていた。そう、バルド王子殿下から逃げる為の逃亡である。
 しかし、ティティアーナの逃亡が終わりを迎える時がきていることなど当の本人はまだ知る由もない。