ほとんど飲み物だったアイスも食べ終え、私達は大学の話だったり、美味しいオムライスの作り方だったり、どうでもいいことを様々話した。
 その間、お互いから「そろそろ帰ろうか」という言葉は一度も出なかった。
 そして話題は小説の話に切り替わる。彼は最近読んでいるという本をリュックから取り出し紹介していく。その本は普段あまり読まない恋愛系のものらしく、よくある設定だけれど面白いらしい。
 ここで場は恋愛の話をする流れに変化した。
 ドクン、ドクンと心臓を高ぶらせながら、私は口を開く。
「蒼汰は、好きな人いないの?」
 勢い余って、聞いてしまった。普段はこんなこと絶対言わないのに。絶対聞かないのに。これは暑さで正常な判断ができなくなっているのか、はたまた、心の何処かでは何かを確信していたのか。
 本当は、私もわかってる。答えは後者だ。きっと両片思いなんだってもうとっくに気づいてた。
 ただ勘違いだったらと思うと怖くて、ずっと見て見ぬふりをしていただけ。
「好きな人、か。」
 少し間が空いて「い、ないけど」と彼は答える。しかしそう言った彼の耳が赤くなっているのを、私は見逃さなかった。
 もう、言ってしまっていいだろうか。
 このときの『好き』という気持ちはきっと、今までで一番の盛り上がりを見せていたと思う。
 だからかな。ここで振られたって悔いは残らない。私は自分の気持ちから、そんなことを感じ取った。
 なんて言おうか、と一瞬考え、しかし私の中での正解を見つける。
 既に、決まっていた。
 変に回りくどい言い方はしないで、単刀直入に、ただ素直に言えばいい。言葉の通り脳からの命令をそのまま受け取り、言葉を放った。
「私は好きな人いるよ。」
「えっ。それって…」
 目が合わせられない。緊張している。
 でも、今日を逃せばもう機会は無いかもしれない。私の直感がそう告げている。
 だから。
「蒼汰が好き。」
 視線は逸らさず余裕の笑みで、私はそう言葉を紡いだ。彼がなにか言おうとしていた気がするが、そんなの関係ない。沈黙の中、みるみる顔が赤くなっていく彼を見ながら私は返事を待った。
「ごめん」
 しかし、私の聞き間違いだろうか。彼の口からごめんという言葉が聞こえたような。
 もしかして私、振られた?
 せっかく頑張って紡いだ言葉はすぐに(ほど)かれバラバラになってしまった。
 目の奥がじわじわと熱くなり、鼻の奥がツンと痛む。
 勝手に両思いだって舞い上がって、なんか、馬鹿みたいじゃん。
 なんとか堪らえようとする涙も、どうしようもない想いに支配され溢れ出る一方だった。
「え、あ、そっかごめん。ごめんっていうのはそういうことじゃなくて」
 かと思えばなにやら、彼が何かの弁解をはじめた。その何かは私の告白への返事のことなんだろうけど…
 何を言いたいのか真意が読めず、頭に大きなはてなマークが浮かぶ。
「その、本当は俺から言おうと思ってたのに、っていう意味で。」
 困惑が脳を支配し、下を向いていた顔を思わず上げた。
 彼と目が合い、すぐに逸らされる。
 そこにいたのは真っ赤な顔の蒼汰だった。
 静寂の中自然の音が旋律(せんりつ)を奏でている。セミの鳴き声、どこかの家の風鈴の音色、川のせせらぎ、ひときわ大きな風が吹く。
「好きです。俺と付き合ってください。」
 二人の視線が先程よりも長く、だけど時間にしたらほんの少し、絡み合った。じわじわと顔が熱くなり、私の中に小さな怒りと大きな嬉しさが渦を巻く。
「っ馬鹿!紛らわしいこと言わないでよ!」
 そう言って、思わず私は彼の腕の中に飛び込んだ。
「振られたかと思ったじゃん。」
 いつもより近い距離。今なら、許される距離。彼の顔のすぐ横で私はそう呟いた。
「ごめん」
 すると彼は嬉しそうな声色でそう返答した。反省してないよね。なんて思ったけれどこのお(とが)めはまた今度。
 そしてその会話を契機にしばらく、具体的に言えば私の涙が止まるまで、二人はそのままお互いの(ぬく)もりに身を任せていた。
 一生止まらないかもしれない。なんて思っていた私の涙にもようやく区切りがつき、名残惜しさを感じながらもそっと彼の体温を手放す。
「好き」
 やっと言えるようになった言葉。
「俺も、好きだよ」
 二人してりんごのように真っ赤な顔を見合わせながら、このたった二文字を伝え合った。
 きっと彼は私にとっての運命の人。正真正銘、私に永遠の愛を教えてくれる人。
 どうか私も彼の、二人目の運命の人でありますように。
 蝉の鳴き声がこだまする、とある夏の小さな物語。