「実はこの尾張の国に、俺と市とサルの他にもう一人能力を持つ者がいるという話を聞いた。その人物は浅野長勝という織田家の家臣の娘でねねという名だ。」
「ねね……」
 蘭は小さく口の中で呟いた。

(ねねは確か秀吉の妻の名前だ。もしかしてこの人が?)

「やはりそうなのだな。」
「え!?」
 パッと顔を上げると、自分に向けて右手を翳している信長と目が合った。その右手を懐に入れると愛用の扇子を取り出して広げる。
「あの……今、視ちゃいました?」
「あぁ。」
 悪びれずに頷く信長。蘭は盛大に肩を落とした。

「そのねねをサルに嫁がせようと思っていたのだ。お前が知っている未来と違う風になると困ると思ったが、どうやらそれでいいみたいだな。」
「それは偶然……なんですかね?」
「さぁな。」
 信長は肩を竦めた。偶然にしては出来すぎている気がしないでもないが、蘭は気にしない事にして質問した。

「そのねねさんの能力って何ですか?」
「『念写』だ。」
「念写……」
「心の中に思い浮かべている事柄を紙などに絵図として焼き付けるという力だ。この力を使えば、例えばイチから市に伝わる言葉や概念をねねが紙に写すという事が出来るかも知れない。」
「凄い!そんな事がもし出来たら、タイムマシンを絵にしてそれを義元に見せる事が可能になる!」
 思わず立ち上がって叫ぶと、信長が苦笑して扇子をパチンと鳴らした。

「やってみないとわからんが、やってみる価値はあると思う。サルとそのねねにはお前達の事を全部話さないといけなくなるが、そこのところはどう思う?」
 問われて一瞬逡巡する蘭だったが、すぐに頷いた。

「構いません。秀吉さんは信用していますし、ねねさんの事は協力してもらえるならそれに越した事はありません。蝶子には俺から言いますよ。たぶんあいつも反対はしないと思います。」
「それじゃあ早速向こうの家に縁談を持っていくとしよう。なに、浅野は昔からの家来だ。すぐに話は纏まるさ。」
「よろしくお願いします。」
「あぁ。」
「あの、もしかして……最近毎日外出していたのって『念写』の力を持つ人が何処の誰かを探していたんですか?」
 蘭のその言葉にさっと耳を赤くする信長であった。

「やっぱり信長様は優しいんですね。」
「煩い!早く仕事に戻れ!」
「はーい。」

 自分達の為に信長が陰で色々と動いてくれていた事が嬉しくて、この後仕事に戻って皿を洗っていてもニヤニヤが止まらない蘭だった。

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