「蝶子!イチから連絡きたってホントか!?」
襖を勢い良く開けて蘭が入ってくる。蝶子は無言で頷いて早く部屋に入るように目で合図した。
「さっきはごめんな。ちょうど着替えてて。」
蝶子が蘭の部屋に行った時、蘭は稽古でかいた汗を拭いて着替えている途中だったのだ。なので『イチから連絡があった。後で市さんの部屋に来て。』とだけ伝えて蝶子は先に戻ったという訳だった。
「それで?イチは何て?」
「蘭、落ち着いて。まずはこれを見て。」
蝶子は脇に置いていた紙を蘭に渡す。蘭は受け取るとそれに目を走らせた。
「えーっと、『お嬢様と蘭さまが無事のようで良かった。ずっと探していたんですよ。まさかタイムマシンに乗って過去に行ってしまったとは思いませんでした。わたしはお二人がいなくなってから旦那様に三度のメンテナンスを受けました。それによって元から備わっていた、人の感情を読み取る事が出来る能力が研ぎ澄まされたようなのです。』……って、これイチが言った言葉なのか?」
文章の途中で蘭が思わず顔を上げる。市が大きく頷いた。
「はい。わたしの頭の中に響いてきたイチさんの言った事をそのまま濃姫様に伝えて、それを書き写して下さったのです。」
「一字一句間違ってないわ。そしてその後、市さんが自分の事を話して、私達がここにタイムスリップしてきた事。信長の事や力の事まで全部説明した。そのせいでさっきまで横になっていたの。」
蝶子が申し訳なさそうな顔をして市を見る。蘭も驚いて市の方を向いた。確かに顔色が悪い。
「充分休ませて頂いたのでわたしは大丈夫です。それより続きを。」
「あ、そうですね。……『どうやら市様の『共鳴』の力とわたしのその能力がリンクして未来と過去が繋がったのだろうと、旦那様が申しております。この事は大きな進歩だと。これから全精力を注ぎ込んでタイムマシンを作る。その為には時間も労力もかかるだろうが、どうか無事にその世界で生き伸びてくれ。だそうです。旦那様は大層心配しておりました。本当に無事で良かったです。拾って下さった信長様にはどんなに感謝してもしきれません。』……そうか、おやっさん心配してくれたんだ……」
紙から顔を上げて感慨深げに呟く。ふと蝶子を見ると目は赤く腫れていて、この言葉に涙腺を擽られたのだとわかった。
「こっちからは、ここがパラレルワールドの可能性がある事を市さんが伝えた。だから普通のタイムマシンじゃダメだと思うって言ったら、それも踏まえて何とかするって。そこで突然ぷっつり切れた。」
「そっか……でも充分伝えるべき事は伝えられたじゃんか。凄いですよ、市さん!貴女がいなかったら蝶子はおやっさんの想いを知らないままだった。ありがとうございます!」
「蘭……」
市にお礼を言う蘭の姿を見て、また涙腺が緩んだ蝶子だった。
「でも次にいつ繋がれるかまではわかりませんでした。」
「大丈夫です。それまでまた私が側にいます。」
「でもそれじゃあ市様に負担がかかる。今日だってこんなに体調が悪そうじゃないか。二回目にしてこれだけの情報が得られたんだ。しばらくは安静にしてもらって……」
「わたしは本当に平気です。それに濃姫様とたくさんお話したいので。」
「え?」
「ね?濃姫様?」
無邪気に微笑んだ顔はこれまで見てきた市の表情の中でもとびきり美しいものだった。蝶子も蘭もハッとする。
「……はい!いっぱいお話しましょうね!」
蝶子も負けず劣らずの笑顔を見せる。笑い合う二人に呆気に取られていた蘭だったが、力の抜けた顔でため息をついた。
「何か良くわかんないけど、楽しそうだからいっか。」
市とイチが『共鳴』して色々な情報を交換し合う事が出来た。そして蝶子の父親がタイムマシンを作ってくれるという。
いつになるのか、果たしてちゃんと迎えが来るのか、そして未来に帰れるのか。
まだまだ不確実な事だらけだが、二人にとって希望となったのは確実であった。
「あ!外見変わったのか聞くの忘れた!」
蘭も市も思わずずっこけたのは言うまでもない……
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