「ただし、力が使えるのは一日に一度。しかも体力の消耗に関しては俺や市の比じゃないらしい。あいつもそう頻繁に使う事はないそうだ。」
「そうなんですか。じゃあ戦とかで使う事は……まさかないですよね?」
「そう言えば親父が言ってたな。義元と戦っていた時、何処からともなく槍が現れて危ない目にあったと。」
「へ……?」
 事もなげに言い放った信長を、信じられないものを見るような目で見つめる蘭と蝶子だった。

「滅多にはやらないそうだが、奥の手として稀にそういう姑息な事をするんだと。まったく油断のならない奴だ。『海道一の弓取り』という異名までつけられて、つけあがってるという始末だ。さっさと戦をして抹殺してやりたいところだが、あいつには松平元康がついている。これがまた曲者でな。」
「曲者?」
 蝶子が聞くと、信長は肘掛けに体を預けて大欠伸をした。

「元康にも何かしらの力があるらしい。しかし誰もその真偽を知る者がいないのだ。」
「誰も知らない?どういう事ですか?義元も知らないって事ですか?」
「どうやらそうらしい。勝家の報告によると、元康は明らかに凡人とは違う雰囲気を持っているという事だ。だがいくら調べても絶対ボロは出さない。引き続き今川の城を見張ってもらってるが、新しい情報はまだこない。それに俺には心当たりがある。」
「心当たり?」
「元康が昔、織田家に人質として捕らえられていたと言っただろう。その時俺は一度だけ、元康と会った。」
 そう言うと、徐に立ち上がって部屋の中をぐるりと歩き始めた。

「興味本意であいつがいる牢に行って、物陰からこっそりと覗いた。そうしたら不意に目が合ったのだ。その時何故だかわからんが、足元から旋毛にかけて一気に鳥肌が立った。でも次の瞬間には平常に戻っていた。俺は狐につままれたみたいになって、気づいたら自分の部屋にいた。」
 そこで言葉と共に動きも止めた。蘭が今までの信長の話を整理しようと顎に手を当てた時、信長の声が降ってきた。

「という訳でだ、蘭丸。織田家の、俺の使いとして今川の城に行ってくれ。」
「……は?」
 唐突な命令に蘭の頭は真っ白になった。

(今川の城に行け?誰が?……俺が!?)

「ど、どういう事!?何で蘭が行かなきゃいけないのよ?」
 蝶子が勢い良く立ち上がって信長に詰め寄る。しかし信長はそんな蝶子には目もくれず、ただ蘭だけを見ていた。

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