翌日、蘭と蝶子は信長に例の大広間に呼び出された。
「大丈夫?筋肉痛?」
「うん、まぁ……何とか……」
心配する蝶子に苦笑いを返しながら肩を回す。この時代に湿布なんてあるはずもなく、治りが遅いし痛くて夜も眠れない。でもそんな事は格好悪くて蝶子には言えなかった。
稽古は正直きついけど強くなりたいと願ったのは自分だし、この世界で生きていくには本当に強くならないといけないから、必死で取り組んでいた。
光秀や勝家は信長にきつく言われているらしく、本当に容赦がない。でもその方が却ってありがたかった。何も考えずに夢中でやれるからだ。
蘭は擦りむいた肘を撫でながら、信長が来るのを待った。
「あ、来たよ。」
蝶子が障子に映った影を見て、そう耳打ちしてくる。蘭は慌てて正座した。
「どうだ、調子は?」
入ってくるなり信長はそう言った。
「えぇ。まだ恐くて逃げてばかりですけど。でもお陰さまで以前よりも逃げ足が早くなりました。」
「そうか。それは良かったな。」
「?」
何だか元気のない信長を見て、蘭は首を傾げた。隣で蝶子も不思議そうな顔をしている。
「どうしたんですか?」
「ん?あぁ、いや……」
いつもの俺様な態度ではない姿に困惑していると、不意に信長が顔を上げた。
「蘭丸、お前……今川義元を知ってるな?」
「今川っ……!」
(今川義元って言ったら桶狭間の戦いで……)
「ほう……桶狭間とは、我が国の桶狭間の事か?」
ハッとして信長を見ると、今まさに右手を下ろしたところだった。
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