駿河国、今川邸
「義元様。ご報告があります。」
「何だ。申してみよ。」
「尾張国では今、信長と信勝の兄弟で争いが起こっているようです。」
「……ふむ。あの兄弟が。なるほど。それは好都合だ。」
「と、申しますと?」
「あそこのお父上には随分辛酸を舐めさせられたからの。このまま共倒れしてくれれば、敵が一つ減る。」
そう言って義元と呼ばれた人物は笑った。
今川義元。今川家11代当主で、駿河国及び遠江国の守護大名である。
義元が言った『あそこのお父上』とは信長、信勝兄弟の父親の織田信秀の事で、領地拡大の為に何度も戦ってきた相手である。実質的には今川家が勝利し、一度取られた三河みかわ国の領地を奪還したが、ある出来事が頭に焼きついて信秀が死んだ後も織田の名前を聞くだけで嫌な気分になるのだった。
「どれどれ。少しばかり覗いてみようかの。」
義元はそう言いながら右手を開いてみせる。すると次の瞬間、その手には双眼鏡らしき物が乗っていた。それを目に当てて庭の向こうを見る。
こんな時代に双眼鏡なんて物はないはずなのに、どうしてこの人物は持っているのか。それにどうして何もなかった所に急に双眼鏡が現れたのか。
それは義元が『物体取り寄せ』という超能力を持っているからである。しかもこの双眼鏡、普通の物とは違って遥か遠くまで見渡せる代物だった。
「おぉ、末森と那古野の城下が焼けておる。これは信長殿の仕業だな?まったく!そういう卑劣なところは父親に似たんじゃな。」
生前信秀がよく使った手である、城下に火を放つという行為を受け継いだ信長に対して皮肉を言って笑った。
そして手から力を抜くと、あったはずの双眼鏡は既に無くなっていた。
「元康を呼んでくれ。」
「はっ!」
家来にそう命令すると、悠然と腕を組んで目を閉じた。
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