信長が末森城に来た目的はただ一つ。稲生での戦いで事実上信長の軍が勝利したのだが、大将の信勝が姿を見せなかった為、直接会いにやってきたのだ。
 しかし正面から会いに行ったところで信勝が承知しないと思った信長は、信勝と一緒にこの末森城にいる母親を通じて面会を取り次いだという訳だった。

(相変わらず『心眼』の力は通じないし必要最低限の事しか話せなかったが、『降伏』という言質が取れたから良しとしよう。)

「ところで信長様。城下に火を放ったというのは本当ですか?」
 突然切り込んできた母に少し驚きながらも頷く。
「……そうですか。」
 俯いて悲しげな顔を見せる母の姿になけなしの良心が疼いたが、もう後戻りは出来なかった。

 信勝がこの末森城に籠城したと聞いてから、こうする事は決めていた。城下が焼け野原になると知れば、さすがの信勝も降伏するだろうと踏んでの事だった。

 那古野城というのは信長や信勝が生まれた場所であり、今の城主は別の者が務めているが、織田家の大事な拠点である。
 何の関係もない民を巻き込むのは偲びなかったが、それもこれも目的を達成する為だ。

「ごめんなさいね。」
「……何故母上が謝るのですか?」
「私がもっとしっかりしてれば、貴方達兄弟は……」
「関係ありません。」
「でも……貴方達は年も近くて、小さい時は仲良かったから私も安心していたのですが、いつの日からかどちらがお父様の跡を継ぐか、お互いそればかりに気を取られて。お父様は二人で協力して織田家を盛り上げてくれればいいと最期までそう仰っていましたけれど、上手くはいかないものですね。」
 土田御前は苦笑いした。つられて信長も同じような顔になる。

「もう今更、昔のようには戻れません。第一、信勝は俺の事が嫌いですからね。」
「そんな事は……」
「信勝に伝えて下さい。もし何か余計な事をしたら、その時は容赦しないと。」
「……!?」

 一瞬見せた鋭い瞳に怯える母を残して、信長は城を後にした……