「こういう戦の事って歴史のテキストには『何とかの戦い』って載ってて、何年に起きたとか誰と誰が戦ったとか、何人が駆り出されて何人が死んだとか、たったの数行で纏められてるんだ。そして俺はただそれを読んでただけだった。」
「うん……」
「活字だけを目で追って、テストがあれば丸暗記する。だから当たり前なんだけど現実感がなかった。そして時々考えるんだ。戦で死んじゃう人達って何を思って死んでいったんだろうって。」
「何を思って?」
「そう。先陣きって敵に向かっていく人達って足軽っていって身分の低い人達なんだけど、本当は自分達でもわかっていると思うんだ。戦場に行ったら死ぬって。だったら何でわかっていながら行くのかなってずっと思ってたんだ。」
「……それで?その理由、わかったの?」
 優しい声に隣を見ると、蝶子が微笑んでいた。蘭は力強く頷く。

「大切な人を守る為。そして愛する人の元に帰る為。」
「うん。そう、かも知れないね。」

 織田信長という主君を守る為、自らが犠牲になるかも知れない事がわかっていても、全力で戦うのが彼らの宿命。
 そしてもし生き延びる事ができるなら、愛する人の元に帰りたい。そういう儚い希望を胸に抱いて。

「朝一緒に行った人が何人か減ってるんだ。」
「え……?」
 ぼそりと蘭が言う。その顔は陰が差していて、蝶子にはよく見えなかった。もしかしたら泣いていたのかも知れない。

「俺が不甲斐ないばかりに……」
「蘭のせいじゃないって!あんたがいてもいなくても結果は変わらなかったよ?」
「蝶子……ちょっと、いや、かなり酷いぞ……」
「あ、ごめん……」
 口に手を当てて謝る蝶子を見て吹き出す蘭。しばらく笑っていたが、気を取り直すように伸びをした。

「だから俺、強くなりたい。どのくらいかかるかわからないし全然変わらないかも知れないけど、一人でも多く仲間を助けたい。敵を倒すのはまだ恐いけど、一緒に逃げる事はできるかも知れないから。」
 蘭らしい言葉に今度は蝶子が吹き出した。

「あははっ!」
「何だよ、笑うなよ!」
「やっぱり蘭は蘭だね。」
「はぁ?」

(いきなり『強くなる。』とか言い出すから何事かと思ったけど、蘭らしくて安心した。)

「相変わらず馬鹿だな~って思っただけよ。」
「何ぃ~!?」
「キャーー!こっち来ないで。馬鹿が移る~」
「待て~~!!」

 静かな城の廊下に響く二人の声は、しばらく止む事がなかった……

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