『一般に、信長の性格は極めて残虐で、常人とは異なる感性を持ち、家臣に対して酷薄であったと言われている。何か粗相をすれば皆の前で叱責したり、笑い者にしたという。一方、信長は世間の評判を非常に重視し、家臣たちの意見にも耳を傾けていたという異論も存在する。優秀な人材は若くても重宝し、信頼のおける者に大事な任務を任せたとの説は、平成時代の学者達によって導き出された。若い時には〈うつけ者〉(大馬鹿者)と呼ばれていたが、実は頭の回転が早すぎて周りの者達が信長の言う事を理解できていなかったのではないか。それをいち早く見抜いたのが、斎藤道三であると言われている。』
(二面性があるって事なんだな、きっと。)
「じゃ、じゃあ言います。『共鳴』の力って、突然備わったんですよね?」
「そうだ。」
「じゃあ何で市様以外にも信勝さんやお父さんと通じてるってわかったんですか?」
「……ん?」
一瞬の間を開けて信長が声を出す。手綱を引いてしまったのか、いつの間にか馬は止まっていた。気づかずに二、三歩進んだお付きの家来が、訝しげな顔で振り向いた。
「あぁ、すまん。ちょっと先に行っててくれ。」
「……承知しました。」
何か言いたそうな表情をしたが、信長のただならぬ気配に怯えたように歩いていった。
「サル。」
「はい。信長様。」
声のする方に目線をやると、秀吉が膝まづいていた。
「ここからはお前が先導しろ。」
「畏まりました。」
そう返事をすると無表情のまま馬の前に行った。
「他の者には聞かせられない話だからな。」
「あ、そうか!すみません、俺……気づかなくて……」
「いちいち謝るな。」
「はい……」
蘭が俯くと、ゆっくり馬が進む。それに合わせてか信長もゆっくり話し始めた。
「あいつと『共鳴』したのは一度だけだ。」
「一度……だけ。」
「最初で最後のな。」
「そんな!最後なんて……まだわからないじゃないですか。もしお二人が共鳴できたら、この戦は回避できるかも……」
そう。蘭が言いたかったのはこの事だった。
信長は信勝とは力を使った事はないと言った。でもそれならどうして、お互いに力がある事を知ったのか。それはきっと何度かは使った事があったのではないかと思ったのだ。そしてこの力を使えばわかり合えるかも知れないと、戦をするのを阻止できるのではないかと、思ったのだ。
「……無駄だ。」
てっきり『余計な事を言うな!』と怒鳴られるかと思いきや、聞こえてきたのは信長らしくない小さなか細い声だった。
「ある日山で遊んでいたら、突然信勝の声がした。迷子になって泣いていたんだ。そしたらすぐに市の声も聞こえて……『信勝を助けて!』と言われた。俺は聞こえてくる信勝の泣き声を頼りに探した。そして見つけた。だが駆け寄った瞬間、『何だ、兄上か。』と呟いたきり、一切あいつの声は聞こえなくなった。まるで目の前で重厚な門が閉じたような、虚しい気分になった。それから何度その門を叩いてみても開く事はなかった。」
「そんな……」
茫然と呟くと、信長が気を取り直すように明るく言う。
「だから俺の『心眼』の力が通じないのは、あいつだけなんだよ。」
「え……?」
その時遠くから『わぁーーー!!』という大勢の人の叫び声が聞こえた。
剣と剣が交わるような音もする。馬がピタッと動きを止め、信長も顔を強張らせていた。
「信長様……」
「始まったらしいな。戦が。」
そう言った顔は何処か悲しそうで、蘭は見ていられなかった……
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