それから間もなくして、信包と本物の濃姫の祝言が取り行われた。
 市の説得は簡単なものではなかったようだが、どうにか漕ぎ着けたという。

(濃姫、笑ってる。元気になってくれて良かった。)

 参列した蝶子は目の前で仲良さそうに笑い合う濃姫と信包を見て微笑んだ。
 歳の差カップル、しかもだいぶ離れた姉さん女房である二人だが、案外息が合っている様子で、この分だと濃姫の心の傷も思ったより早く癒えるだろうと思われた。
 ちなみに濃姫(蝶子)と区別する為、『於濃おのうの方』と呼ぶ事にすると信長が決めたそうだ。

「蝶子。……じゃなかった、濃姫様。」
「あら、蘭丸。どうしたの?」
 そこへ蘭が現れ蝶子を呼ぶ。手招きして廊下に呼び出すと、口元に手を当てて耳に囁いた。
「義龍の動きを探っていた人から連絡がきて、どうやら向こうは攻めてくる気を無くしたみたいだって。」
「ホント?」
「あぁ。今のところはな。この前の道三との戦いであっちの戦力もだいぶダメージがあったようだ。整い次第また動く可能性はあるけど、しばらくは心配いらないって。」
「そう……」
 蘭の言葉に取り敢えずホッと胸を撫で下ろした蝶子だった。

「それにしてもまだ慣れないな。『濃姫様』って呼ぶの。」
 頭をかきながら蘭が言うと、蝶子も同意した。
「私も。」
「お前は『丸』つければいいだけだろ。俺なんて『様』までつけないといけないんだぜ?」
 外人みたいに両手を広げて首を振ると、蝶子はムッとした顔をする。

「敬意がないから呼べないのよ。」
「お前に対してそんなもんあるかよ。」
「何ですって!?」
「まぁまぁ、お二人さん。その辺でお止めになさって下さいな。」
「あ、市さん!」
「市様!」
 廊下で言い争いを始めた二人を市が止める。振り向くと苦笑いをした市が立っていた。

「そろそろ祝言も終わるようですよ。濃姫様はお席に、蘭丸は仕事に戻って下さい。」
「はい。すみません。」
「……し、失礼しました!」
 蝶子が頭を下げると蘭も慌てて頭を下げて、足早に廊下を走って行った。

「仲が宜しくて良い事ですわ。」
「いえいえ!私達はそんな……」
「ご相談に乗りますよ。いつでも仰って下さいね。」
 そう言うと自分の席に戻って行った。
 一拍遅れて言葉の意味を理解した蝶子は、恥ずかしさで顔を赤くした。

「イチに似た顔で同じような事言わないでよ、もう……」
 イチもそうだった。こちらから何も言わなくても蘭に対する蝶子の気持ちに気づいて、相談に乗ると言ってくれた。それに甘えてずっと話を聞いてもらっていたのだ。
 まさか市にまで気持ちを知られていたとは思わなくてビックリしたが、イチという相談相手がいない今、お言葉に甘えて思いの丈を吐露してみたいと思った。

.