「私、決めた。」
「何を?」
大広間を出て蝶子の部屋に向かいながら廊下を歩いていると、突然蝶子が言った。
「元の世界に戻るまで、私が濃姫として生きるって覚悟を決めたの。」
「え……?」
思わず立ち止まる。余りの驚きに口をパクパクさせていると、蝶子が噴き出した。
「何、その顔?」
「だって、お前……」
『あんなに嫌がってたじゃないか。』と続けようとしたが、蝶子が自分の口に人差し指を当てて黙らせた。
「もちろん、今でも嫌だよ?だって私は……」
「ん?」
「……ううん、何でもない。」
何かを言いたそうにしたけど首を横に振って誤魔化して、気を取り直すように肩を竦めた。
「無理矢理結婚させられたのはムカつくけど、濃姫としてここにいる以上、もう後には引けないじゃん?それに私なんかより大変なのは本物の濃姫でしょ。お兄さんにお父さんを殺されてさ、まだ13歳の子どもと結婚させられちゃう。私が信長の妻になっちゃったばっかりに。でももうどうしようもできないところまできてる。だったら私が責任持って、濃姫として生きるしかないでしょ。信長の事は大嫌いだけどね。」
「蝶子……」
「あ!誤解しないでね。帰る事を諦めた訳じゃないから。これから私は引き込もってタイムマシンの欠片を調べる。蘭は『濃姫様は父親を失って悲しみに暮れているから誰も近づかないように』って城中に宣伝して回ってよ。ね?」
ウインク付きでそう言われて、蘭は苦笑した。
(やっぱり蝶子は凄いなぁ~。俺も覚悟を決めないと男が廃るな。)
『森蘭丸』としてこの世界を生きる。
これまで漠然としていた事が決意を新たにした事で、現実味を帯びてきた。
ここが何処であろうと自分達は変わらない。いつか元の世界に帰るまで、与えられた人生を歩むしかないのだ。
この決断は諦めた訳でも逃げ出した訳でもない。これからを生きる為だ。
出会った人達と共に、大事な人を守る為に。
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