「自分の兄が父親を討ったという事で相当気が滅入っている。道中はほとんど飲まず食わずで、加えて睡眠も取れていないそうだ。離れに部屋を用意したが誰も寄せ付けず、覗きに行った者の話だと生きているのか死んでいるのか、わからない程憔悴しきっているらしい。当然飯も食わん。」
「……大丈夫かしら…いや、大丈夫じゃないか。お父さんが殺されちゃったんだもんね。しかもお兄さんに……」
「あぁ……」
 蝶子と蘭がそれ以上言葉が出てこずに絶句していると、市が静かに口を開いた。

「後でわたしが様子を見に行ってきます。何か口に入れないと体力が持ちませんから、お粥でも持って行こうと思います。可成、お願いできますか?」
「はい。すぐに作って参ります。」
 可成はすっと立ち上がると、一礼して出て行った。

「こうなったら悠長に待ってはいられん。信包のぶかねが元服するまでと思っていたが、近い内に二人の祝言を挙げる事にする。」
「えっ!?こんな時に?」
「こんな時だからこそだ。道三の息子は義龍よしたつというんだが、俺と結婚した濃姫、つまりお前が偽物だと知っている。という事は厳密に言ったら織田家と斎藤家は親戚でも何でもない。和睦を結んだと強調したとしても、義龍からしてみたら道三が勝手にした事だと言い訳できる。そしてその事を理由に遅かれ早かれ、ここを襲撃してくるだろう。今回はどうにか巻いてくる事が出来たが、いずれ必ず奴はくる。」
「…………」
「うそ……」
 蝶子が小さく呟いた。蘭の方はもう息を吸う事も忘れ、信長を凝視している。

 市はそんな二人を見つめ、そっとため息をついた。戦国の世の中に産まれ、これでもかという残酷な出来事を経験、見聞きしてきた自分でさえ、この話は受け入れ難いものがある。それなのに未来から来てまだ間もないこの二人にいきなりこういう話を聞かせるのはどうかと思うが、特に蝶子の方は濃姫として既にこの世界に関わっている。避けては通れない事だともわかっているから、市は黙って信長の次の言葉を待った。

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