「秀吉さんは?」
「藤吉郎は知っています。」
「えっ!?知ってるんですか?」
 二人して驚く。市は頷いて言った。
「藤吉郎には『瞬間移動』の力があります。その力をお兄様が専属で使うに当たって、自分の力の事も言わないと不公平だと仰って。わたしも最初は反対しましたが、藤吉郎は口が固そうでしたし。あんなに忠実に仕えてくれているんですもの。裏切る事は万に一つもないとわたしもお兄様も思っています。」
『裏切る』その言葉に蘭と蝶子は顔を見合わせて、複雑な表情をした。

(市様の言う通り秀吉は大丈夫だけど、裏切るのは明智光秀なんだけどな……)

 心の中でそんな事を思ってしまう。本能寺の変がどういう経緯で起きたとかは曖昧だけど、確か信長が光秀にきつく当たった事が原因だと読んだマンガ本に描かれていた。という事はそういう状況にならないように気をつければ、もしかしたら……

「…らんっ……蘭!」
「うぇっ?な、何?」
「何じゃないわよ。ボーッとして。折角市さんが話しているのに途中から聞いてなかったでしょ?」
「あ、あぁ……ごめんなさい。何でしたっけ?」
「しっかりしてよ、もう……」
 呆れた様子の蝶子に謝ると、市に改めて続きを促した。

「すみません。続きをどうぞ。」
「秀吉の力についてはお兄様とわたし、それと光秀も知ってます。光秀にはうっかり見られてしまって。口止めしているので漏れる事はないと信じております。それと秀吉が瞬間移動するのは、お兄様かわたしが『サル』と呼んだ時だけです。」
「……そういえばそうかも。」
 蝶子が小声で呟く。蘭も記憶を辿ってみた。

(信長はいつもサルって呼んでるからわからないけど、市様は普段『藤吉郎』なのに、呼ぶ時だけは『サル』って呼んでた。)

「じゃあ勝家さんや森さんは能力の事は何も知らないんですね?」
「えぇ。そうです。」
 蝶子の問いに大きく頷く。
「貴方達の事は、裏山で遭難していたところを助けただけだと言ってあります。そして濃姫の事をお兄様が気にいったと言いくるめておいたようです。」
「なっ……」
 市の衝撃の一言に蝶子が絶句する。蘭も固まった。
「そうでも言わないと流石に勝家達が納得しないだろうと思って。」
 申し訳なさそうな口調の割に、口元が緩んでいる。蘭は密かにため息をついた。

(どおりであの人張りきっていたと思った。)

 嬉々として本物の濃姫に談判しに行ったのだろう。そっと横を見ると顔を赤くしている蝶子がいた。

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