「そんな!謝らなくても……頭を上げて下さい。」
「要するに知ってしまった事実から目を背けてるって事ですね。それで言い辛い事はこうしていつも市さんを通じて伝えてもらっているのですか?」
刺のある蝶子の言葉に市が苦笑する。蘭は隣で冷や汗をかいた。
(おいおい……何言ってんだ、蝶子!?失礼だぞ!)
「いいえ。普段はこんな真似はしません。わたしの『共鳴』の力でたまにお兄様の気持ちが流れてきて、図らずも誰かの秘密を知ってしまう事は今まで何度もありましたが、それについてわたしが何かをした事は決してございません。今回だけです。」
「それは……どうしてです?」
「今回は事情が事情ですから、お兄様が動かないのならわたしが貴方達にお兄様の本当の気持ちを伝えないと、と思って。」
「本当の気持ち?」
蘭が首を傾げると市は一度大きく深呼吸すると、言った。
「お兄様は今、自分の置かれた状況を危ぶんでおられます。周りは敵だらけ。いつ狙われて命を落とすかわからない。この尾張にいる織田の関係者や豪族達がお兄様の首を欲しがっている状態なのです。そんな中、未来から来た人物が現れた。お兄様はそこに目をつけた。」
「そんな……」
蝶子が絶句する。しかし蘭は知っていた。この戦国の世の中、自分の領地を広げる為には実力行使で他人から奪うしかない。いや、親兄弟関係なく諍いを繰り返している。誰しも如何にして国を大きくするか、それしか考えていないのだ。
そして若くして台頭してきた織田信長を巡ってこれから先、国取り合戦が激化するのだ。……本能寺の変で信長が討たれるまで。
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