「じゃあここで待ってて下さいね。今準備している途中なので。」
 蘭をダイニングに押し込み、イチはキッチンへと入っていった。
「楽しみだな~何作ってくれるんだろ。」
 テーブルに頬杖をつきながら、今日の夕飯のメニューに思いを馳せた。
「あーー!ちょっと蘭!人の家で何してんのよ!?」
「うぉっ!……って蝶子か。何だよ、驚かすなよな。」
 キッチンから良い匂いが漂ってきたのと昨夜の寝不足からついうとうとしていた蘭は、突然響いた怒声に飛び上がった。
 振り向いた先にいたのはこの家のお嬢様、濃田蝶子その人だった。

「何ってイチの飯食いにきたんだよ。」
「どうせまた吉光のおじさんから怒られて逃げてきたんでしょ。毎回毎回うちに来られても迷惑なんだけど。」
「イチと同じ事言うなよ。俺とお前の仲じゃんか。」
「なっ!どんな仲よ!」
「え?幼馴染だろ?」
 蘭の返しにがっくりと肩を落とす蝶子。そしてふと自分の格好に気がついて悲鳴を上げた。

「やだ!私ったらこんな格好だし……ちょっと待ってて。着替えてくるから!」
 薄暗い研究室では気にならなかった油の汚れや汗の臭いが、急に恥ずかしく思えてきた。これは相手が密かに片想いをしている人物だからに他ならないのだが……
「そんなのいつもの事だろ?俺は別に気にしないぞ。」
 その相手が超がつく程の鈍感なのだから、蝶子の苦労もわかるというものである……

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