「…………」
 もう用件は済んだが、蘭は中々立ち上がる事ができなかった。
 その理由は、昨日蝶子が言っていた事が不意に頭を過ったからだ。

(本当に信長は俺達が何処から来たのか、詳しく知らないんだろうか……?助けてくれたのも何か考えがあっての事なのか?それにこの世界がパラレルワールドだなんて、そんな事があるのか?いや、でも待てよ。タイムマシンを作ったのは親父だ。本当ならちゃんと過去に行くところを、何処かで時空の境目を越えて違う世界に来ちまったっていう事もあり得る。う~ん……)

 と、蘭が悩んでいると信長が言った。

「お前も学習能力がないな。そんな風に無言で百面相していたら、また悪戯心が湧いてしまうだろう。」
「えっ!?あ、すみません!これはあの……」

(ヤバい!これはさすがに読まれるとマズイかも!)

 慌てて再度手を振って誤魔化すと、信長は上げかけていた手を着物の袖に入れていつもの扇子を取り出した。パチンッと良い音がする。

「心配しなくてもむやみやたらに力を使う気はない。市にも言われているし、俺自身への負担もあるからな。」
「そ、そうですか……」
「この力は『心眼』といって、織田家の嫡男に代々受け継がれているものなんだ。従って俺の親父にもこの力があった。」
 どこか苦々し気な表情で語る信長を首を傾げながら見る。
「この力が嫌いなんですか?」
「当たり前だろう。人の本心を視るなど、悪趣味にも程がある。こんな力を持って産まれてきた運命を呪いたいぜ。」
「で、でも……そう思っているのに使ってるんですよね?」
「自分が生き残る為には仕方がない。俺だってあっさり殺されたくはないからな。」
 信長の瞳が鋭い光を放った。それを見てしまった蘭は息を飲む。

(そうだ……ここは別次元だろうとなかろうと、戦国時代なんだ。やらなきゃやられる。そういう世の中。生きる為なら嫌いな能力も使って、敵を欺かないといけないんだろう。)

「安心しろ。お前達が何処から来たのか詮索するつもりはないし、こうしてお前達を受け入れたのはちょっとした気紛れだ。」
「そうですか、良かっ……ん?」
 安心しかけた蘭だったが違和感を覚えて動きが止まる。信長を見るとニヤニヤと笑っていた。
「ちょっと!やっぱりさっき心の中視たでしょう!?」
「さあて。何の事やら。」
 あの織田信長に向かって失礼な言い方をしたのも気づかずに動揺する。一方信長はそんな蘭を怒る事もなく、むしろ楽しんでいた。

「それはそうと、用事とやらはいいのか?時間が無くなるぞ。」
「はっ!そうだった……それでは失礼します。」
「気をつけろよ。山には猪や狼がいるぞ。」
「へ……?」
 信長の言葉に踏み出した足が止まる。振り向くと肩を大きく震わせた信長がいた。

「冗談だ。猪や狼がいるのは反対側だ。」
「!!ご忠告ありがとうございます!」
 勢い良く戸を閉めた瞬間我に返ったが、謝りにいったところでどうせ爆笑しているに違いない。蘭は気を取り直すと裏山に向けて出発した。

.