「でもそれでは解決した事にはならないですよね?本物の濃姫さまはどうすればいいんですか?まさか一生お嫁に行けないなんて事に……」
 自分のせいで本物の濃姫が結婚も出来ず、子どもを産む事もできなくなるだなんて申し訳ないと思って蝶子がそう溢すと、勝家が胸を張った。
「抜かりありません!濃姫さまには別の縁談をご紹介させて頂きました。」
「別の縁談?」
「俺の弟の信包(のぶかね)に嫁がせる事にした。まだ13歳だがあと二年で元服だから、それを待ってという事になるがな。」
「13歳!?ちなみに濃姫は……?」
「確か21歳でございます。信長様のせいで婚期が遅れてしまいましたな。ハハハ!」
 大口を開けて笑う勝家に、その場が凍りつく。蝶子でさえこの時ばかりは冷や汗をかいた。

「お前は相変わらずだな……まぁ、そういう事だ。この話で美濃国とは和睦も成立したし、何も心配いらない。」
「そ、そうですか……」
 信長も呆れて怒る気もないようだ。一安心して残る一人に視線を投げた。
「最後に一番の重要人物だ。特に蘭丸にとってのな。」
「俺……ですか?」
 蘭がしげしげと見つめているとその人物はにっこり笑って立ち上がった。

「私は森可成と申します。よろしく。蘭丸。」
「あ、貴方が森さん……?」
「今日から君を私の息子としてビシバシ教育するから、頑張ってくれよ?」

(もり……森って、待てよ?蘭丸って、もしかして森蘭丸!?織田信長の家来で森蘭丸と言えば、本能寺で信長と一緒に死んでしまう、あの……?)

「っていうか、今って何年ですか!?西暦で!」
「西暦……?何の話だ?」
 みんな一様に首を傾げる。蘭は頭を叩きながら考えた。

(落ち着け……本能寺の変の語呂合わせは……)

「『十五夜に起きてしまった本能寺』!っつぅ事は1582年……確か信長はその時40代後半。今は、見る限り20代前半だから…あと20年ちょい?……いや、大丈夫だ。その間に絶対に助けがくる。信じろ!蝶子のおやっさんを!!」

「蘭……大丈夫?何かぶつぶつ言ってるけど……」
「はっ!」
 蝶子から肘でつつかれて正気に戻る。慌てて蘭は辺りを見回した。全員呆気に取られている。
「し、失礼しました。」
「疲れているんじゃない?昨日は一日働き詰めだったし。ねぇ、お兄様?もう今日はお開きにして二人を休ませましょう。可成も明日からよろしくお願いしますわ。」
 市の微笑みを受けて可成も柔らかい表情で頷く。それを見ていた信長は持っていた扇子で膝を叩くと言った。

「さて市の言う通り、今日はこれで解散しようではないか。話さねばならない事は全部伝えた。わからない事があれば市か可成にでも聞けばよい。俺は帰るぞ。」
「はい、お疲れ様でした。」
 市を筆頭に家来全員が頭を下げる。慌てて蘭と蝶子も頭を下げて信長を見送った。
 しかし蘭の心中は穏やかではなく、休むどころか今夜は寝れなくなりそうだった……

.