「さてと、無駄話はお仕舞い。本題に入ります。一度しか言いません。そしてこれは他言無用です。もし誰かに漏らしたら、即処罰です。いいですね?」
 先程とは打って変わった表情の市に気圧されて、二人は戸惑いながら頷いた。
「実はお兄様には秘密があるのです。」
「秘密?」
「はい。……『心眼』という能力の事は聞いた事ありますか?」
 お互いの顔を見合わせながら、二人共首を横に振る。

(心眼……?聞いた事ないぞ?どういう意味だろう。)

「『透視』と言った方がわかりやすいでしょうか。」
「透視!?」
「えぇ。お兄様の場合、特定の人物に焦点を合わせて、その人の過去や心に秘めている事が視えるのです。但し、全部が視える訳ではありません。その人が心に強く思っている事、その人が一番大事にしている想い。そういう事がわかってしまう。そんな特別な能力を持っているのです。」
「透視……そんな事が……」
「出来るのです。しかしその力もそう頻繁に使う事は出来ないようで、使い過ぎると体力を消耗してしまって、寝込んでしまわれます。今日は二度も使ってしまったので、疲れてもうお休みになられました。わたしはお兄様に頼まれて、お兄様の代わりにこの事を貴方達に伝える為に来たのです。」
 市の話が終わっても蘭の頭は混乱していた。

 あの織田信長に透視能力?信じがたい話だけどこの市が自分達に嘘を言う理由がまずわからない。それに何でこんな重要な事をわざわざ言いに来たのかもわからない。
 わからない事だらけで若干パニックになっていた時、蝶子がハッとした顔で言った。

「もしかしてあの時、私達の事透視した……んですか?」
「え!?」
 驚いて市の顔を見ると静かに頷いた。

(た、確かにあの時急に近づいてこられて……じっと見つめられたかと思ったら、額に手を翳されて……あの時心を透視されてたんだ!)
 思い出してみれば、その直後に部屋の用意と着替えの準備を家来に命じていた。

「じゃあ信長……様は私達が何処から来たのかご存知なんですか?」
「何処からというところまでは視えなかったそうですが、少なくともこの近辺ではない事は確かだそうです。格好や言葉遣いが違う事から、もしかしたら時空が歪んで別の世界から来たのかも知れないと申しておりました。」
「そこまでわかるのか……」
 あの時の蘭の心中をここまで透視出来るとは、信長の能力は相当なものなのだろう。
 納得しかけた蘭だったが、ふと思い出して市に向き直った。

「ちょっと待って下さい。それでは何故、蝶子を妻にするなんて言ったんですか?俺…僕は男だから家来でいいとして、蝶子は女だから妻にしようっていう安直な考えではないと思うんですが……」
 そう。透視が出来る程の人物がこんな簡単に結婚という大事な事を決めるだろうか。しかも織田信長ともあろう大物が、会ったばかりの、しかも何処の誰かもわからない女性を選ぶなど許されるのだろうか。
 そう思いながらパッと隣を見ると、蝶子が顔を赤くして震えていた。
 蘭はビックリして声をかけた。

「どうした!?具合悪いのか?寒いのか?」
「大丈夫、心配しないで……」
 力ない声でそう返すと、蝶子は市の方を向いた。
「信長……様は蘭だけでなく私の事も透視しました。その後です。突然妻になれって言ったのは。もしかして……」
「そうです。お兄様は視たんですよ。貴女の心の奥底にある想いを……」
 市の言葉に蝶子が苦笑いしながら目を閉じた……

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