イチにそっくりな笑顔で微笑む姿を茫然と見つめながら、蘭はうわごとのように呟いた。
「お市の方…様……」
「いやだわ。まだ嫁入り前なのにそんな堅苦しい呼び方は止めて下さい。それにわたしはただの妹。凄いのはお兄様なのだから。先程みたいに呼び捨てでいいですよ。」
 あっさりとそう言う市に蘭は慌てて両手を振った。
「いえっ!そんな滅相もないです!……市様。」
「ふふっ……まぁ、それでよしとしましょう。」
 市は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
 歴史のテキストには『お市の方』と載っていたのでつい声に出してしまった。蘭は誤魔化すように咳払いをした。

(それにしても……本当に良く似ているなぁ~……)
 失礼にならない程度に観察しながら蘭は心の中で呟いた。

 イチは良く出来たロボットで、人間と区別がつかない程精巧に作られている。しかし中性的な顔立ちと作り物故の何処か冷たい印象の為、本物の人間ではないという事を何度か感じて悲しい思いをした事があった。
 家政婦という立場上、親しくはなっても友達や家族にはなれないんだな、と蝶子がボソッと漏らした事を思い出した。
 そんなイチにそっくりな人が今目の前にいる。普通の人間として存在している。その事を不思議に思う反面、懐かしさに涙が出そうになった。
 蘭達が急にいなくなって向こうはどうなっているのだろうか。きっと大騒ぎしているだろう。
 必死で二人を探してくれているイチの姿が見えるようだった。

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