「そんな事言うなって。その内俺が何とかするから、取り敢えずここは言う事聞いて……」
「結婚しろって言うの?酷いよ、蘭!」
「お、落ち着けよ!わわわっ……」
 ポカポカと蘭の頭を殴ってくる。余りの勢いに押され、蘭は後ろ向きに布団に倒れた。間髪入れずに蝶子の体が被さってくる。
「……っ!」
「えっ……と…」
 途端、真っ赤な顔で固まる蝶子。蘭もどうすればいいのかわからず、身動きできずにいた。受け止めようとした両手は位置的にまずい気がして、宙に浮いたまま。
 そんな状態がしばらく続いて、いい加減手が疲れてきた時――

「あら、失礼。お取り込み中だったのね。」
「「へぇっ!?」」
 突然聞こえた声に二人してすっ頓狂な声を上げてパッと離れる。動けなかったのが嘘のような身のこなしだった。
 慌てて声のした方を見ると、開いていた障子の向こうの廊下に女の人が立っていた。こちらを見てくすくす笑っている。
 その笑顔は女の蝶子でも見とれる程綺麗だった。
 っていうか、誰かに似て……?

「イチ!?」
「本当だ、イチだ!お前何でこんなとこで……」
 同時に叫んだ時、何処かからサルが現れて蘭を羽交い締めにした。暴れる暇もないくらいの早業だった。
 呆然とする蘭に向かってその女の人が近づいてくる。そして静かな声で言った。
「藤吉郎、離しなさい。」
「ですが……」
「離しなさい。」
 凛とした声音と鋭い視線を浴びて、渋々という感じで蘭を離したサルだったが、控えめに口を開いた。
「申し訳ございません。この者がお市様の事を呼び捨てにしたので、つい……お許し下さい。」
 畳に膝をついて土下座するサルを見下ろした市は、ため息を一つ吐いた。

「貴方は戻っていいです。わたしは少しこの二人に用事があるので、呼んだら来なさい。」
「……承知しました。」
 まだ納得していない様子だったが、言われた通りサルは部屋から出て行った。
「これでゆっくり話ができますね。」
 その人はにこりと笑って障子を閉めた。そしてこの部屋の、恐らく上座に当たるだろう場所に座った。

「蘭丸と濃姫ですね。お兄様に話を聞いてどんな方々か見にきたの。まぁ……似合ってますわ。その着物。わたしの若い時の物ですが、大切にしまっておいて良かった。」
 蝶子の着ている着物を見つめて微笑む。褒められた蝶子は恥ずかしそうに俯いた。
「あの、貴女は……?」
「あら、わたしったらまだ名乗ってなかったですね。わたしはお兄様、織田信長の妹の市と申します。どうぞよろしくお願いしますわ。」
 その人……市は悠然とお辞儀をしてにっこりと笑った。

 その顔は蝶子の家の家政婦ロボットのイチにそっくりだった。

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