「偶然か何かの因果か同じ名前の娘が現れるとはな。道三の娘と一緒にならなくて良かったぞ。」
信長が蝶子に近づき、その小さくて白い手を取る。そして徐に左手の薬指に口づけた。
「ちょっ!」
「なっ……!?」
素早く手を引っ込める蝶子とまたもや固まる蘭を嘲笑うように見下ろすと、信長は凛とした声で言った。
「そういう事だ。光秀、サル。準備に取りかかれ。そうだな……明後日だ。」
「畏まりました。」
「承知致しました。」
蘭と蝶子が何が何だかわからなくて動けずにいると、光秀とサルはそそくさと部屋を出ていった。
「い、今のは何の話ですか……?」
恐る恐る問いかけると信長は当たり前の事のように言った。
「何を言ってる。俺と濃姫の祝言の話に決まってるだろう。明後日に決まったから準備やら何やらで忙しくなるぞ。取り敢えず今日は急遽用意した部屋で二人で寝てもらうが、明日からは別々の寝床にする。」
「え?」
「それはそうだろう。蘭丸は家来で濃姫は俺の妻、つまりお殿様の正室。立場が違う。」
「そんな……」
ここにきて初めて聞く、蝶子の不安気な声だった。
『祝言』という言葉は22世紀の世界では死語だが、流石に意味は通じたらしい。
右も左もわからない世界に来て訳もわかっていないのに、いきなり知らない人と結婚しなくてはならない状況にやっと頭が追いついて、急に現実味が帯びてきたのだろう。
助けを求めるような顔を向けてくる蝶子に気づきながらも、蘭は何も言う事が出来なかった。
目の前で不敵に笑う天下の織田信長に歯向かう勇気などどこにもないし、自分達の存在が歴史を変えてしまうのではないかとふと思ってしまった蘭であった……
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