「蘭!」
蝶子の止める声も無視して両手を耳の辺りまで上げて敵意がない事をアピールする。そしてゆっくりとした口調で話しかけた。
「あの、僕達はただ道に迷っていただけなんです。武器も何も持ってないんで、その物騒な物はしまいましょう。ね?」
そう言うと、一番前にいた人物が初めて口を開いた。
「しかし、先程は殿の名を申したではないか。さてはお前らは末森からの密偵か?見慣れない身なりだが……」
「え?末森?って何の事っすか?」
頭にハテナマークを浮かべて惚けた声を出す蘭を、その男はじっと見つめてくる。
戦国時代が好きと言っても大学ではまだ詳しい事は学んでいないし、得ている知識はマンガと随分昔のテレビドラマ。『末森』と言われてもわからなかった。
しばらく硬直したまま見つめ合っていたが、先に目を逸らしたのは向こうだった。刀をさっとしまうとひかえていた他の面々に合図を送る。それを受けて不満そうな顔をしながらも全員が刀を収めた。
ホッとして力が抜けて今更ながら足が震えてきた蘭を、すかさず蝶子が支えた。
「とにかくお前達をこのままにしておく訳にはいかない。城に連れて帰って殿にお見せしよう。生かすも死なすもあの方のご機嫌次第だ。」
不機嫌そうに吐き捨てると、その男はさっさと来た道を戻っていった。慌てて二人が後を追い、残った三人は蘭と蝶子を囲んだ。
「え?え?」
「さぁ、行きましょう。」
急な展開にキョロキョロしていると、蘭の隣に来た男がボソッと呟く。すると後ろから背中を押されて無理矢理歩かされた。
「蘭……」
「だ、大丈夫だよ。たぶん……」
泣きそうな蝶子を励ます蘭だったが、自分も相当不安だった。
何故なら蘭が知ってる織田信長という人物は、独裁者で鬼畜ですぐ怒って歯向かう者はただちに葬るっていうイメージだから。
何処の誰かもわからぬ怪しい二人組を無事に帰すだろうか?……いや、望みは薄いだろう。
でもその前に蘭達には帰る当てがないのだ。必死で頼んだら戻る都合がつくまで面倒見てくれるかも知れない。
(ええい!こうなったら死ぬ気でいってやる!)
ぎゅっと拳を握り、そう決意した蘭だった。
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