「蘭丸。」
「はい。」
「お前はここから本隊と別れて、サルと一緒に三河軍の本陣である大高城に向かえ。そこで元康が待っている。」
「わかりました。」
「それでは信長様。私達はこれで。」
 蘭と秀吉は信長に挨拶をすると、ちょうど現れた脇道に入って行った。



「蘭丸は、未来とかいうところから来たと信長様に聞いたが本当なのか?」
「え?」
 秀吉が突然そう言った。蘭は思わず立ち止まるが、秀吉は構わず歩き続ける。50メートルくらい差が開いたところでハッと我に返ると慌てて追いかけた。

「本当です。それとお礼を言うのが遅くなりましたが、ねねさんには大変お世話になりました。」
「『念写』の力の事か。ねねも自分が君達の役に立っているという事で毎日楽しそうに過ごしている。お礼を言うのはこちらの方だ。」
 秀吉はそう言って笑った。その表情は今まで見た事のないもので、蘭は再び立ち止まった。

「どうした?先程から。」
「いえ、あの……秀吉さん、いつもと雰囲気が違うなぁ~と……」
「あぁ。自分で言うのも何だが私は元々喜怒哀楽が激しい人間なんだ。でも信長様が『心眼』の力を持っていると知って、なるべく心を殺そうと思ってね。まぁどんなに頑張ってもあの方には視られてしまうのだろうけど。」
「信長様は滅多な事では力を使いませんよ。でも俺は何か、からかいやすいのかわかりやすいのか知りませんが、しょっちゅう視られちゃってますけど。」
 蘭が拗ねたような口調で言うと、秀吉は「ははは。」と明るい声を上げた。

「『瞬間移動』の力を買われて信長様に仕える事になった時、信長様はこんな素性もあやふやな者に対してご自分の力の事も包み隠さず話して下さった。その時誓ったんだ。この人に死ぬまでついていこうと。」
「あの、聞いてもいいですか?」
「何だ?」
「秀吉さんってどこの出身ですか?この尾張ですか?」
 蘭はこの際と思って、ずっと聞きたかった事を聞いてみた。つい先日信長に話した事だが、比叡山の延暦寺の修行僧が秘蔵の酒を飲んだ結果、『瞬間移動』の力を得たという説が頭から離れなかったからだ。
 もし秀吉の先祖がその修行僧だったら……この地に超能力者がいる理由になるのではないのか。蘭は秀吉の横顔を見つめた。
 嫌な顔をされたり断られるのではないかと思ったが、秀吉は意外にもすんなりと答えてくれた。

「そう。この尾張の国の足軽の家に生まれた、らしい。」
「らしい?」
「あぁ。物心ついた時には母はいたが、父親はいなかった。足軽だったからきっと戦で死んだのだろう。でも親戚の誰かから天皇の落胤(らくいん)ではないかという話を聞いた事がある。まぁそれも不確かな噂話に過ぎないし、真実を知るのは母のみという事だ。気づいたら生まれていて、気づいたら信長様に仕える事になっていた。私の半生なんてこんなものだよ。」

(それで気づいたら天下統一していた。……って言うんだろうな。この人だったら。)

 蘭の知っている未来は天下統一するのは信長ではなく、この秀吉である。何となく複雑な気持ちになった蘭は俯いた。

「着いたよ。大高城だ。」
 秀吉の声にハッと顔を上げる。目の前に聳え立つ城を見上げながら、これから自分が為すべき事を思って気を引き締めた。


落胤(らくいん)……身分の高い男が正妻以外の身分の低い女に生ませた子。おとしだね。いわゆる隠し子。

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