蘭が今川の邸に潜入して一年以上が過ぎていた。こんなに長い期間滞在する事が出来たのは、元康の手助けのお陰である。義元の機嫌を巧みにとったり、今川が同盟を結んでいる甲斐国の武田氏や相模国の北条氏らとの会合を開いて義元が普段邸を留守にするように画策したりと、全面的に協力してくれた。
 義元も力を使う事と庭に現れる奇妙な物体の正体については特に何も詮索せずに応じてくれたが、時々『本当に織田信長に狙われているのか。』といった事を鋭い目で聞いてきたりした。

『信長に暗殺されそうになっている。助けて欲しい。』と嘘をついて今川の邸に来た。
 元康のフォローで何とかここまできたが、流石に厳しくなってきたと思い始めた矢先、ついにタイムマシンの最後の部品が届いた。これで義元の力は必要なくなった。

 きっと義元も自分が蘭達に利用されていると気づいているだろう。もちろん蘭と信長が通じている事も。
 まさか今すぐに蘭を殺すなんて事はないにしても、このまま邸にいたらいずれやられる。だから元康はすぐに邸を出ろと言ったのだろう。
 義元の『物体取り寄せ』の力を使ってタイムマシンを取り寄せるという目的を達成した今、もうここにいる意味はないから。
 蘭は前を歩く長信の背中を追いかけながら、この一年を思い返した。

(生きた心地はしなかったし蝶子も側にいないから心細かったけど、手紙が届く度にちゃんと通じてるって思えたし頑張れたんだよなぁ。)

 電話やメールが進化した時代から来た蘭達にとって、手紙という手段は最早絶滅したも同然のものである。
 しかし何十通ものやり取りを経て、肉筆の温かさやいつ届くのだろうという楽しさを知って「手紙も案外悪くないな。」と感じた蘭だった。

「蘭丸様。もうすぐ着きます。」
 長信の声にハッと我に返る。顔を上げると思ったより近い所に清洲城はあった。

「着いた……帰ってきたんだ。」
「えぇ。さ、早く行って下さい。私はここで今川から追っ手が来ていないか見張っていますので。」
「わかりました。」
 長信に促され、蘭は一年ぶりに帰還した。

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