「柴田殿。お願い出来ますか?」
「……承知しました。信長様にお話してみます。」
「ありがとうございます。あ、蘭丸君の事は私が上手く義元様に話しておくので、柴田殿は今すぐにでも清洲城に帰られても大丈夫ですよ。」
「しかし……」
「一刻も早くお伝え願いたいのです。」
 和らいだと思った鋭い瞳が勝家を貫く。電流が走った様に一瞬体を震わせた勝家は、蘭を見ると何とも言えない顔をした。

「すまない。俺はこれで帰るが、代わりに長信をここに潜ませる。でも信長様に話をしたらすぐに返事を持って戻ってくるから、どうかそれまで上手くやってくれ。」
 必死の形相の勝家に怯みながらも蘭は力強く頷いた。
「大丈夫。元康さんは信用してもいいと思うから。それより俺からもお願いしますって信長様に伝えて。『いずれそうなる運命だから。』って。」
「承知した!」
 言うが早いか、勝家は庭を後にした。

「『運命』……ね。やっぱり君は何百年も前の未来から来たんですね?」
 一瞬誤魔化そうと頭を働かせたが、元康は全部知っているのだと思って無駄な抵抗だと諦めた。
「はい。俺の事視たんですね、さっき。」
 玄関で会った時の事を思い出す。あの時、元康の鋭い瞳に見られた瞬間、頭がボーっとして何が何だかわからなくなった。名前を呼ばれて驚いただけだと思ったが、あれはきっと元康の力が作用した結果だったのだろう。そう言えば以前信長も同じような事を言っていた。元康と目が合った途端、訳がわからなくなって気づいたら部屋に帰っていたと。

「あんな一瞬で視れるものなんですね。何処まで知っていますか?」
「君の名前。そして君と蝶子さんという女性が未来から来たというのは知っています。でも私が視れるのは今日から三日後までの君の未来だけ。詳しくはわかりませんでした。なので出来れば聞かせてくれませんか?君がこの今川家で過ごすにあたって不自由しないように、何かあれば私が手助け出来るように。」
 にっこりと微笑む元康。人懐っこいようで、その実目は笑っていない。それでも不思議と警戒心は沸かなかった。

 それはきっと蘭の松平元康、後の徳川家康に対するイメージのせいである。
 徳川家康は自分が天下を取るまで決して焦らず慎重に物事を見極め、誰についていけば成功するのかとことん吟味した。そして訪れたチャンスをものの見事に掴んで、江戸幕府を開いた。

 虎視眈々と獲物を狙いながらも、その時までは大人しく身を潜める。歯向かったり見限る事もない。
 現に今までだって今川を裏切る事はなかった。今が絶好のチャンスだからこそ、織田信長に助けを求めている。

 ここは全部話した方が得策だと思って、蘭は元康に全てを話す事にした。

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