清洲城から出てしばらく歩いていると、ふと後ろから視線を感じて振り向く。
そこには忍者の長信が立っていた。
「そうだ。そういえば織田家の密偵の役も貴方でしたね。どうです?一緒に歩きませんか?」
「いえ。私の役目は蘭丸様を守る事ですから。」
「その『蘭丸様』って止めて下さいよ。呼び捨てでいいのに。」
「いえ。貴方様は私の主ですから。」
頑なな態度に蘭は盛大にため息を吐いた。
(ま、いっか。守ってくれてるのは心強いし、向こうに着いたら勝家さんもいる。)
そう思うと元気が復活してくる。大きく肩を竦めた蘭は、長信を引き連れて再び歩き出した。
「着いた……」
蘭は足を止めて目の前の建物を見上げる。清洲城ほどではないが大きな邸だった。
ごくりと唾を飲み込むと、一世一代の大芝居を打つべく門の中に入っていった。
「ごめん下さ~い……」
蚊の泣くような声だったが届いたようで、奥から足音が聞こえてくる。蘭はもう一度喉を鳴らしてここ数日繰り返し練習した台詞を放った。
「あ、あの!織田信長公より書状を持って行くようにと仰せつかった者ですが、大変なんです!助けて下さい!僕の名前は……」
「待っていましたよ。森蘭丸君。いや……藤森蘭君?」
「……え?」
驚いて顔を上げる。そこにいたのは柔和な表情であるのに目が不気味な程鋭い人物だった。
蘭が呆気に取られているのにも関わらず、その人物は相変わらず表情を崩さない。そしてダメ押しとばかりにこう言った。
「私は松平元康と申します。さぁどうぞ、上がって下さい。義元様は今は不在ですので。」
言われるがまま邸の中に足を踏み入れる。蘭は何が何だかわからない状態で、元康について行くしかなかった……
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