「行くのね。」
「あぁ。」
「お気をつけて。絶対に帰ってきて下さいね。」
「大丈夫ですよ、市様。」
「君が留守の間は私が帰蝶様のお世話を仰せつかりました。必ず戻ってきて下さい。」
「光秀さん……蝶子を、帰蝶様をよろしくお願いします。」
 にっこりと微笑む光秀に蘭も笑顔を返す。
 光秀には密偵の任務でしばらく今川に張りつくという事しか言っていない。少しの罪悪感を抱きつつも、自分がいない間の蝶子の事を頼んだ蘭だった。

「まったくあいつは何やってんのかしら。見送りにも来ないで。薄情にも程がある!」
「お兄様は照れ屋ですから。きっと心の中では蘭丸の事を心配しています。しばしの別れが淋しくてきっと出て来れないんですよ。」
「どうだか。」
 ふんっ!と鼻を鳴らす蝶子をまぁまぁと宥めた蘭は、荷物を抱え直した。

「じゃあ……行ってきます。」
「うん。本当に気をつけてね。私、待ってるから!」
「おう。」
 両手を胸の前で組んで少し涙目になっている蝶子に軽く手を上げると、蘭は後ろ髪を引かれながらも踵を返して歩き始めた。

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