僕はこの夏のことを、生涯、ずっと、忘れないだろう。



ミーンミンミンミーン

「あっちぃ」

今坂 遥斗(いまさか はると)。中学三年生。
中学最後の夏休み、その初日だというのに、僕は現在、超汗だくになっている。理由は簡単。全速力で自転車を漕いでいるからである。

「ぜってぇ早く帰ってアニメ見るっ」

校門を通り、駐輪場に自転車を止める。鍵の閉め忘れに注意して、靴箱へとダッシュ。急ぎ足で廊下を歩き、教室へと向かう。

「よし、早く水をやろう」

僕が全力で自転車を漕いで、廊下を急ぎ足で歩いてまでして、何をやるのか。
それは、教室の植物の水やりのためだ。

夏休みが始まる前日、部活動に入部していなかった僕を、担任は見逃さなかった。

「頼めるか?」

もうすぐ夏休み。アニメ、漫画、小説が沢山見れる、ということで上機嫌だった僕は、担任の頼み事を、ひとつ返事で了承してしまった。
内容を全然聞いてなかったのにだ。
その結果がこれ、今に至るって訳だ。

「はぁ、なんでOKしちゃったんだろ、」

未だに後悔している僕とは裏腹に、時間はどんどんすぎていく。
誰もいない教室。外ではセミが煩く鳴いている。
僕は水やり専用のコップを持ち、水を組みに水道へと向かった。

「はぁ、早く帰りてぇ」

水が満タンに入ったコップを持ち、教室へともどる。
すると、涼しい風が吹いてきた。

「あ。窓、開いてたんだ。」

僕は水をやり、風が吹いてきた窓の、近くの席に座る。この席のやつはうらやましい。窓を開ければ、涼しい風が吹いてくる。
僕学校にはクーラーがない。壁に扇風機が設置されているのだ。

「…あ、そうだ、」

僕は、念の為に持ってきたカバンの中から、一冊の本を取りだした。

「やっぱ、すぐ帰るのはやめよ。ここ涼しいし、家族もいないし。」
「ゆったり本が読める、いい場所じゃん、ここ」

誰もいない教室。涼しい風。本を読む上でこれ以上ない条件だった。
でもその条件は、あまりにも良すぎた。

「ふぅ、終わったぁ〜、って、やばっ!もうこんな時間!?」
「早く出ないとっ!」

僕は時間を忘れて、本に没頭してしまったのだ。

「やばいっ!」

僕はいつもそうだ。なにかに夢中になると、周りのことが見えなくなる。
もう涼しい風は吹いていない。でもそんなことはお構い無しに、ただひたすらに本を読んでいたのだ。

「失礼しますっ!」

僕は慌てて教室のドアを開けた。
僕は内心、とても焦っていた。他の教師に見つかったらどうなるだろう、部活に入っていない僕が、なぜいるのかと聞かれたらどうしよう、そう思っていた。

「遥斗」

「?」

一瞬誰かに名前を呼ばれた気がした。

「も、もしかして幻聴か!?」

焦っていたのか、また、教室には自分以外誰もいないことを知っていたからか、僕はその声を幻聴だと決めつけた。
でも、可愛い声だった。
もしかしたらと思った。
彼女いない歴=年齢の僕。クラスの奴らの大体がリア充だった事実は、僕に密かに圧をかけていた。
かわいい女の子が僕の名前を呼んだ、かもしれない。
でも、かもしれない。という状況でも、男なら、ここは、反応しないといけない。振り返らないといけない。
もしかしたら幽霊とかかもしれない。でも、可愛い幽霊かもしれない。
僕は恐る恐る振り返ってみた。

「ねぇ、あそぼ」

振り返るとそこには、一人の少女がいた。
足がある。幽霊ではない。
僕はその事実に、心底ほっとした。
よくよく見てみると、少女はとても美人だった。
かわいい系とはちょっと違う、美人系だった。
黒髪ロング。華奢な腕。その腕は、少女の頭に乗っている、麦わら帽子を抑えていた。
風など吹いていないのに、だ。
にしても、少女はThe夏みたいな見た目だった。
麦わら帽子、白いワンピースに白いブーツサンダル。
それらは、少女の黒髪ロングをいい具合にマッチしていて、茶髪ボブが好きな僕の好みが揺らぎそうになるほどだ。
僕は少女を見るのに夢中になって、彼女の問いかけも、時間の焦りも、もう頭の片隅においやってしまった。

「ーい」
「おーいっ!」

「!?」
「えっ、な、なにっ!?」

「返事は?」

「あっと…」

僕は頭の片隅にやった、少女の問いかけを頑張って引っ張り出した。

「ええっと、あそぶって、なに?」

「「あそぶ」は「あそぶ」よ。何言ってんの?」

僕は思った。
「何言ってんだこいつ」「っていうかお前、ツンの子だったんかい」と。

「うーん、えっと、まだ、名前も知らないし…」

「「今坂 遥斗」、でしょ?」

「えっ、なんで知ってるの?」

「カバンに名前が書かれてたのよ。」

「えっ、いつのまに見たの!?」

「あなたが本を読んでいる最中よ。」
「その時から「あそぼ あそぼ」って言ってたのに、全然反応しないんだから、」

「ご、ごめん?」

僕としたことだ。ツンだとしても、女子は女子。女の子の呼び声を無視していたなんて。男としてはどうかと思う。が、人の名前を勝手に見るのもどうかと思う。

「って、僕の名前は置いといてさ、君!君の名前は?」

「私?」

「うん」

「私の名前は、朝比奈 涼香(あさひな すずか)。」
「よしっ、名前も名乗ったことだし、遊んでくれるわよね?」

「えっとぉ……」

困った。「美人」部分では、「涼香」という名前はすごくいいと思う。でも、ツンが強すぎるっ!!ツンが可愛さを打ち消しちゃってる部分がある…のもそうだが、初対面の人と遊ぶコミュ力が僕にはない。ぷらす、相手は女子。コミュ障陰キャの僕にとって、それはそれは困るというもの。

話は繋がらない。
話題も、アニメ・漫画・小説とかしか出せない。
彼女がそれらに疎い場合、終わる。あぁ、確実に終わる。
女子と話すチャンスを捨てても、ここは彼女を守るためにも、「遊ばない」を選ぶのが妥当だろう。

「ごめん、遊べない。」

僕がそう言おうとした、その時だった。

「「あそべない」なんて言ったら、私、死ぬよ?」

「え、」

やばいやばいやばい!!
彼女相当やばいやつだった!
はぁ、昔っからそうだ。確かに女子は好きだ。
だが、僕はつくづく女子運が無さすぎるんだ。

小学校で仲良くなった女子は、メンヘラだったり、三股だったり、それはもう、散々だった。
まぁ、その影響もあるだろう。女子の友達を作る気力をなくし、男の友達を作ろうとした。だが、クラスの男子ほとんどが陽キャだった。
僕はその時思った。
あ、三年間終わった、と。
って、まぁ三年間ぼっちだったのはたんに僕が口下手が主な理由っぽいけど。

「で、あそぶの?あそばないの?」

「……」

拒否権ないじゃん!ないじゃん!
女の子の自殺を止めない男はいないよ!
いや原因僕っぽいけど、、
うぅっ……。
っよし、こういう時はポジティブに考えよう。
女の子が僕を脅…誘ってくれたんだ。
あの、陰キャな「僕」を。
たとえ会話が続かなくなり、沈黙の時間が流れることとなっても、大丈夫。大丈夫。
最悪寝たら忘れる。
そう、今はただ彼女を死なせない。それだけだ。
うん。命を助けるヒーローになれて、女の子と話せる。うん、一石二鳥じゃないかっ!

「よし、そこまで言っうなら、あっそぼっうぜぇー!」

「え、なにキモ。」

「……」

どうも、死なせまいと頑張った結果、キモと吐き捨てられた、可哀想な可哀想な男の子、今坂遥斗です。

「ねぇ、ひどくないっ!?ひどくないっ!?遊びたいんじゃないの!?」

「いや、ごめん。素が出た。」

えっ、それ酷くない?

「ま、ええっと、あ、あそんでくれるの?やったー!」

キャラ違くない?
あとその「やったー」棒読み感半端ないからやめて、、

「…うんっ!あそぶ!あそぶよ!」
「けど、今日はもう遅い…から、明日!明日にしよ!」

「……」

「……」

だめ、か?いやでも、彼女も分かっていることだろう。
空がっ!暗いことを!
さぁ、どう出る。まさか、関係ない、遊ぶなんて言うわk

「あそぼうか、」

「うん、え?」

「「え?」じゃないわよ、ほら、あそぶわよ、」

「いやっ!この!暗さ!分かる!?」

「暗いわね。」

「でしょぉ!?」

「よし、あそぶわよ、」

「おぉぅ…」

おおう、なんということでしょう。
僕はなんて、女性運がないのでしょう……。

「で、でもっ!」
「僕のこと、母さんとか、心配してると思う、から…さ、やっぱり、明日遊ぼうよ!」

「……」

やっぱり、だめか?

「…家族……?」

「YES,YES!MY family!」

「…そう、なら明日あそびましょう、」

「!!」
「えっ!なんd」

「無駄口叩かない!帰るって決めたら帰る!」
「でもその変わり、明日は今日よりも早く来てね」

「うっ…うん、」

「返事は元気よくっ!」

「はいっ!!」


「じゃ、また明日ね」

「う、うん。じゃあ、」

なんということでしょう。
女の子と、「じゃあ、」「うん、じゃあね」というカップル!カップルのような会話をしてしまった。
今日はいい夢が見れそうだ。
…にしても、なんで急に、帰るのを許してくれたんだろう。
まぁ、彼女も、「家族が大切」って知ってるんだろう。
ま、帰れる事だし、良しとするか。



「「家族」……か。おばあちゃん、大切なものって言ってたけど、どんなものなんだろう。私、分かんないや。」
「……ま、いっか。眠いし寝よう。ふふ、明日が楽しみだ。」