店に入ってパソコンに電源を入れたオーナーは、立ち上がる時間を利用して店の奥に続く自宅の台所から切子グラスを2つ持ってきて、それぞれに幻の酒を注いだ。
「ツマミはないけど、これさえあればね」
 グラスを掲げてから弟のに軽く当て、待ち切れないというように口に運んだ。
「旨いね。たまらんね」
 もうどうしていいかわからない、というような嬉しそうな顔になった。
 パソコンの初期画面が立ち上がると、『合成写真』というアイコンが見えた。それをクリックすると、色々なタイトルと写真の一覧が出てきた。その一つをダブルクリックした。『ケンタウルス』と名づけられた写真だった。半人半馬の写真がいくつか並んでいた。そのうちの一つをクリックすると、馬の上に筋肉隆々の男の上半身が合成された写真が大写しされた。ボディービルダーに依頼されて作ったものだという。「凄いですね」と感心してみせると、「いいだろう」と自慢げな声を出して別の写真をクリックした。上半身裸の女性が馬の体と合成されていた。ヌードモデルからの依頼だという。「セクシーですね」と唇を舐めてみせると、同じように唇を舐めながら別のタイトルをクリックした。『ペガサス』と名づけられていた。全裸の女性の背中に翼が生えて、空を飛んでいるようなポーズをしていた。これは、ストリッパーからの依頼だという。でも、(にわ)かには信じがたかった。どうみても無断で借用したような感じだった。でもそれを表に出すわけにはいかない。「凄い!」と歓喜の表情を返すと、「まだまだあるよ」とニヤリと笑ってから酒を煽り、『合成写真』とは別のアイコンをクリックした。『内緒』。SMとエログロのオンパレードだった。一瞬目を背けそうになったが、滅茶苦茶関心があるように装った。それが嬉しかったのか、一つ一つの説明に熱が入り、彼は一人陶酔の世界に入り込んでいった。
 ひとしきり熱弁を振るったオーナーは残り少なくなったボトルを掲げて、どうしようかな、というような表情を浮かべたが、これで止めるという選択肢は選ばなかった。
「飲み切るぞ!」
 残り少ない幻の酒を2つのグラスに注いで、「乾杯!」と声を上げた。弟も掲げ返したが、口は付けず、オーナーが飲むのをただ見ていた。
「これもどうぞ」
 飲み干したオーナーに自分のグラスを差し出した。
「えっ、いいのか?」
 驚いた表情になったが、弟が頷くと漫画のような目尻になって受け取り、一気に飲み干した。
 そこで様子を見た。そろそろオネムの時間になってもらわないと困るからだ。しかし、目がトロンとして体は少し揺れているが、すぐに寝そうな感じではなかった。困ったな~と思ったが、もう打つ手は残っていなかった。それに、酒もなくなったのでここに残る理由もなくなった。
 万事休すか、と思った時、オーナーの口が開いた。大きなあくびだった。それが立て続けに出ると、体の揺れが大きくなった。目はほとんど開いていなかった。何やらブツブツ言ったと思ったら、そのままゆっくりと机にうつ伏した。そして、寝息を立て始めた。
 息をひそめて見つめた。完全に眠るまで音を立てずに見つめ続けた。
 それでも念のためにもうしばらく待って彼の背中に手を置き、小さな声でオーナーの名前を呼んだ。反応はなかった。しかし焦らなかった。心の中で百数えて今度は背中を揺すった。しかし、びくともしなかった。そのうちイビキが聞こえてきた。間違いなく熟睡状態に入っていた。
 弟はパソコンのディスプレーに目を移した。そこにはさっきから気になっていたアイコンがあった。『秘密』。もう一度オーナーの状態を確認してからそのアイコンをクリックした。
 あった。
 あの写真があった。
 それをすべてスマホで撮影した。