「家族や知り合いがみんな驚いて、私の周りで話題沸騰ですよ」
 パソコンショップを再訪した弟が大げさに報告した。オーナーは、そうでしょう、というような顔で満足げに頷いた。
「いや~、本当に素晴らしい。この技術は半端ないですね」
 一気におだて上げると、オーナーは照れることもなくニヤついた。
「これだけの技術があれば、どんな依頼にも応えられますよね」
「まあ、そうですね」
 満更でもないような表情で顎に手をやった。
「一度、いろんな話を聞かせていただけませんか?」
 弟は盃を傾ける仕草をした。オーナーは、んっ、というような顔になったが、それが(ほころ)ぶのに時間はかからなかった。無類の酒好きというのが顔に出ていた。
 それを見た弟は胸の内でほくそ笑んだ。オーナーが罠に掛かろうとしていたからだ。しかしそれを顔には出さず、オーナーの言葉を待った。急いては事を仕損じる、と自分に言い聞かせて。
 顔を綻ばせたオーナーが舌なめずりをするような表情になった。
「いいですね、詳しいことは話せませんが、ちょっとだけなら」
 まんまと術中にはまった。しかしこんな簡単に物事が進んでいいのだろうか、という思いもあり、ちょっと焦らすように時間を置いた。すると、「いつにしますか?」とせっついてきた。待ちきれないというのが顔に出ていた。
「では、明日にでもいかがですか」
 そして、店の名前を告げた。予約が取りにくいことで有名な小料理店だった。
「そこは……」
 オーナーの口が開きっぱなしになった。驚きを通り越しているようだった。それが余りにも狙い通りだったのでおかしくなったが、「では、決まりですね」と念を押してその場を切り上げた。 

 小料理屋での会合が功を奏したのか、オーナーとの関係は急速に近しくなり、飲む度にオーナーは饒舌になっていった。しかし弟は焦らず、取り止めのない話を続けた。完全に心を許してくれる時を待っていたのだ。