何も解決されないまま投票日になった。夜8時に締め切られ、即日、開票作業が始まった。ローカルテレビ局の速報では、開票率ゼロパーセントの時点で枯田に当確のマークが付いた。出口調査で圧倒的な大差をつけていたのだ。
 夜遅く集計が終わった。それを伝えるテレビのニュースでは、何度も何度も万歳を繰り返す枯田とその陣営の破顔大笑が映されていた。枯田の横には、してやったりと意味深な笑みを浮かべている選挙参謀がいた。
 桜田は枯田の1割も票を取れなかった。何しろ、投票率が極端に低いのだ。公職選挙法で定められた25パーセントの最低投票率をわずかに上回った程度だった。桜田に期待していた多くの人たちが選挙への関心を失って投票所へ足を運ばなかったから、投票率が上がるはずはなかった。だから、浮動票頼みの桜田に勝ち目はなかった。
 落選という結果は桜田の身に大きな影響を及ぼした。有効投票率の10パーセントを割った候補者は供託金全額を没収される決まりになっているので、出馬する時に預けた240万円が没収されたのだ。もちろん、選挙活動費用はすべて無駄金となった。1,000万円近くの金が水の泡となった。その結果、500万円近い借金を背負うことになった。そんな桜田に収入はなかった。中学校を辞めて無職になっていたからだ。絶望という闇が彼を包み込んだ。
 翌日、選挙事務所は片付けられ、がらんとした部屋に残っているのは、桜田と本部長の2人だけになった。憔悴(しょうすい)した桜田は、まるで幽霊にでもなったかのように自らの存在を感じられなくなった。本部長は腕を組んで目を(つむ)っていたが、大きく息を吐いたあと、事務所から出ることを促した。桜田はよろけるように立ち上がり、ふらふらと出口に向かった。事務所の玄関に鍵をかけ、深々と腰を折ってお辞儀をした。
「ありがとうございました」
 そして玄関に背を向けた時、ふらっとよろけたと思うと、急に目の前が真っ白になった。「桜田さん」と呼ぶ声が遠くに聞こえたような気がした。