帰りの道中は連れが増えた。
俺、勇者、もうすぐ十になる息子、食人鬼、牛の魔物、さらに北の国の騎士だ。
勝手に元魔王にくっついてきたミノタウロスはともかく、騎士の奴には悪いことした。
魔国との戦争が無くなったお陰で、軍は縮小、奴は失業だってよ。
しかし本人が言うにはあまり気にしていないらしい。
あんまり戦争自体が好きじゃないんだと。
ま、アイツ、びっくりするくらいに弱いからな。
結局、騎士の家名も打っちゃって、ハンサムゆえに纏わりついていた女どもも打っちゃって、俺はただの村人になる! なんてほざいてくっついて来た。
だからアイツは、北の国の騎士でなく、今じゃただのハンサムな騎士だ。
良い奴なんだが、実は勇者並にオツムが弱いのかも知れないな。
何も魔物の村の村人にならなくても良いだろうに。
◇◇◇◇◇
変なメンバーになったが、せっかく嫁も息子も一緒だから、ちょっと多目に遠回りのルートを選んだ。
久しぶりに寄った西の国で、あの紳士的な警備隊の男に出会った。
俺と勇者でぶっ飛ばした軍は、あれから再建される事はなかったそうだ。
そうなると、またしても俺のせいで失業者を多数出したかと、少し冷や汗かいたが平気だそうだ。
西の国はあの頃、貪欲な王と貴族の方針で、他国への侵略の為に軍を大きくしていたらしく、食料自給率に無理が出始めていたらしい。
国の規模に不釣り合いな軍が瓦解したお陰で、失業した元軍人どもと、奴隷から解放された亜人どもは全て、農業や漁業や鉱業なんかの、腹が膨れるか懐が潤うかの産業へと回されたらしい。
割を食ったのは、戦争・侵略で私服を肥やそうとしていた王と貴族だけ。
主だった貴族は投獄、王は強制的に代替わり。
跡を継いだ新王は、凡庸ではあるが貪欲とは掛け離れているそうだ。
なんだそれ、最高の展開じゃないか。
勿論、最初の数年は大変だったらしいが、ここの所はようやく落ち着いたそうだ。
正直言って、ホッとした。
誰かの役に立つつもりが、国ひとつドン底に叩き込む所だった。
ま、結果オーライだ。
◇◇◇◇◇
西の国を離れて南下しているんだが、最近ハンサムな騎士とミノタウロスの様子がおかしい。
お互いにソワソワとお互いをチラ見するし、あの五月蝿かったミノタウロスはやけに大人しくなった。
「アイツらどうかしたのか?」
「発情期だろ」
「違うわ、きっと恋よ」
元魔王と勇者がそう言うが、なんの事かよく分からん。
「アイツら男同士だろう」
「何言ってるの? 男は彼だけじゃないの」
勇者がハンサムな騎士を指差してそう言う。
なに? ミノタウロスって……
「女の子よ?」
なんてこった。
全然気付かなかったよ。
あんな頼もしい女は初めてだ。
頬を桃色に染めたハンサムな騎士の言い分だ。
そりゃそうかも知れんが……、いや、良いんだ。
人族の嫁を貰った魔物が、魔物に惚れた人族の事をどうこう言えたもんじゃないよな。
◇◇◇◇◇
随分と南下し、そろそろ東進しようかという所で、急に勇者が真顔で言った。
「この辺りはホント久しぶりだわ」
「詳しいのか?」
俺はこの辺りは初めてだから、俺と一緒に旅する前の事だな。
「もう二十年以上も前だから、記憶と違うかも知れないけど……」
そうだな。
言っちゃ悪いが、オマエのそういう所にはあまり期待していない。
初めて出会った時も、迷子で行き倒れてたからな。
「この先の森のね、そのさらに向こうに、魔物に襲われた村がある筈よ」
ふん、嫌なこと思い出させるなよ。
四度の生のうちで最も苦い思い出だな。
元魔王の奴も、俺と同じ思いなのか変な顔してやがるぜ。
「おい、なぁ豚マン」
「なんだ?」
元魔王が前方の森を指差して言う。
「あの森、なんとなく見覚えがねぇか?」
見覚えと言ったって、俺はこの辺りは初めての筈……
……と思ったんだが、見覚えあるどころか、前世で俺が、何十年にも渡って自分を鍛えた森だった。
「私はこの森で、お師匠さまに剣を教えて頂いたの」
◇◇◇◇◇
俺んちだ。
木で作った家は、所々腐って相当ガタがきていて当時の面影はない。
しかし間違いない、あの二人と一緒に過ごした俺んちだ。
廃墟を前にポロポロと零れる涙を、ハンサムな騎士に不思議そうに見られたが、ボロッボロと流れる元魔王の涙のせいで目立たなかった。
「あの男の家だ、間違いない。おい豚マ――」
尚も言い募ろうとする元魔王に掌を向けて遮る。
……何も言わないでくれ。
もう少し、このままいさせてくれ。
あの日、二人を置いて逃げた俺は、その後どれほど自分が強くなろうと、この村に訪れる事はしなかった。
二人を、村人を、弔ってやりたい想いはあったが、どうしても足が向かわなかった。
自分だけ逃げた罪悪感なのか、二人を喪った現実を見つめたくなかったのか、それはもう自分でも判らない。
「……おい、喋るぞ」
立ち尽くす俺を置いて、荒れた村をウロウロしていた元魔王が戻って来てそう言った。
「記憶通りの場所に、恐らくだがあの男の骨を見つけた。どうする?」
「…………どこだ?」
無言で歩き出した元魔王、その後をのそりと俺も歩く。
ふらつく足取りの俺を、勇者と息子がそっと腕を支えて一緒に歩く。
そういやコイツ、俺を剣王の生まれ変わりだと思ってるんだったな。
普段は割りと――いや、かなりポンコツのクセに、勘の良い奴だ。
元魔王に案内された所は、家からそう離れていない、あの森へ向かう道すがら。
お世辞にも綺麗な白とは言えない、茶色く燻んだ人の骨。
「あの男は間違いなくこの場所で死んだ。恐らくは、あの男だろう」
俺は、その骨に向かい膝を地につけて顔を寄せた。
ふふ、これが物語か何かなら、感じるものがあったりするんだろうな。
……だが俺には、これがあの人の骨かどうか、全く判らない、感じられない。
しかし、どちらでも良かった。
俺は、ただ、とにかく、謝りたかった。
「…………あの時、助けられなくて……、一人で逃げて……、ごめんなさ――」
「そいつぁ違う」「ごめんじゃないわ」
跪いて、頭を下げようとする俺を、両脇から元魔王と勇者が邪魔をした。
二人の顔を見上げる様に、涙に濡れた顔を上げる。
「違うだろ」「違うでしょ」
再び骨に向き直り、最も伝えなければいけない言葉を、口にした。
「…………ありがとう、お父さん」
父の骸は何も言わない。
しかし、なんだろうな、スッキリしたような、なんか、そんな気がした。
◇◇◇◇◇
母の骨は見つけられなかった。
というか、どの骨が母親か特定出来なかった。
全ての骨を集めて弔った。
きっと父と母も、久方ぶりに一緒になれて喜んでいる事だろう。
「俺はここに残る」
夜、村のすぐ近くで野営し、焚き火を囲んでそう宣言した。
「残ってどうするの?」
「さあな。まだ考えてない」
「なら、ここに村を……ううん、国を作りましょう」
国?
「そう、国!」
「私は貴方と離れる気はないから、必然的に私も残る。もちろんこの子も残る。私たち三人じゃ寂しいから、この人たちも巻き込む。でもそれだけじゃ寂しいから……、だから国!」
……また俺の嫁が無茶言い出した。
勝手に巻き込まれた他の連中、ポカンとしてるぞ。
が、悪くないかも知れないな。
人族の国でもない、魔物の国でもない、俺たちの国。
そうだな。
思ったよりも、良いかも知れないな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺は今世で満足しきった。
勇者と、子らと、元魔王やハンサムな騎士たち、連中と生きて、満足した。
俺たちの国は、近在の国ともやり取りして、色んなことに口出して、煙たがられたり感謝されたりもしながら、なんやかんやで大きくなった。
魔物も人族も、亜人もなんでもござれのごった煮の国。
良い国になったよ。
勇者も先に逝き、子らももう、俺の手は必要ない。
何ひとつの未練もない。
恐らく、俺の転生はもう、今生で最後、打ち止めだろう。
もう俺のことを語る事はないと思う。
では、さらばだ。
じゃあな。
◇◇◇◇◇
むう、目が開かん。
体も動かない。
まさかと思ったが…………
…………するのかよ、転生。
ま、良い。
俺はこの転生も受け入れよう。
今生もきっと、面白いだろうぜ。