結局、お兄ちゃんの一存でお医者さんは帰されてしまった。

 おにいちゃん。
 なんで。
 だめだよ。
 ひどいことされたっていわないと。

 私は必死で訴えたものの、七歳の少年の心は頑なだった。

「僕の家族はアリッサ。もう君だけになってしまった」

 ベッドの上で俯く男の子は、とても頼りなく、とても小さくて……

「だからね、アリッサ。君さえ元気なら、なんでもいいんだ」

 そんな小さな男の子が、顔を近付けてきた。
 優しい優しい、お兄ちゃんの顔で。

「君が好きだ。だいすきなんだ」

 ん──!
 甘い、甘い香り。
 口に広がる優しい温もり。

 三十二歳年上の私。
 ファーストキスは……七歳の兄だった。

 煉獄から、少しだけ開放されたような気がした。

 ……

 夜寝る時も、朝ごはんも、昼ごはんも、夜ご飯も。
 お風呂もいっしょだ。
 私の長い髪を綺麗に洗ってくれる。
 前世の私の百倍は綺麗な肢体。
 見られても全然恥ずかしくなかった。

 お仕事は大変そうだけど、私が守らなきゃ。
 全力でフォローした。
 二十七連勤の力を、思う存分に奮った。

 そしておやつの時間に外に出て、大好きなアザミの庭で二人で寝転がる。
 お兄ちゃんの体温と。
 あの──女の子を感じながら。

 私が今までずっと夢見てきたお兄ちゃんとの時間。
 それを取り戻すため、私は守り続けた。
 大切なお兄ちゃんを。

 だから。
 だから許せない。

 それを踏みにじるあの三人が。

 許せない。

「ねえ、シッスル。ふくしゅうのいみ、わたしわかったきがする」

 一輪摘んだアザミの花に話しかける。
 でも。
 あの時庭で踊っていた美しいあの女の子が、私の前に現れることは、なかった。

「どうした?」

 優しい兄が声をかけてくれる。

「ううん、なんでもない」

 幸せな妹は、そう、笑って答えた。