「おにいちゃん」
「なんだい、アリッサ」
「きょうはピクニックにいきましょ」

 ごめん、今日は仕事が。
 レイモンドお兄ちゃんはそう言いかけたけど、その言葉を飲み込んでくれた。

「行こうか」

 そう言って、私のちっちゃな手を繋いでくれた。

 ……

 ファーンズワース家は広い。
 爵位は伯爵だけど、王室よりも広そうな庭がある。
 辺り一面に紫のアザミが咲いていて、私は──というより私の中のアリッサが──とてもとても、それはもう大好きなのだ。
 そんな大好きなお庭に、同じく大好きなお兄ちゃんといる。

「いつもの、やって?」
「ああ、いいとも。おいで」

 きゃん!
 私は大好きなお兄ちゃんのももに後頭部を埋めて、膝枕──
 お兄ちゃんが見つめてる。
 私の事を、見つめてる。
 深い海の色した瞳で。

「あーあー、ほんじつはせいてんなり、ほんじつはせいてんなり」
「はは、なんだい、それ」
「ふふ、わたしの元気の出るおまじない」

 なんて、なんて幸せなんだろう。
 こんな瞬間を、何度夢に見ただろう。

 お兄ちゃん。
 お兄ちゃん。
 これからもずっと守ってあげ──

 ふと、気配を感じて、お兄ちゃんの目から視線をずらした。
 アザミの咲き誇る庭の片隅で、踊っている十二歳くらいの女の子が、視界の端に映ったのだ。
 真っ黒のワンピース。
 天気がいいから、その服に光が当たると深い紫色に見える。
 肩までのセミロングの黒髪。
 艶があって、ワンピースと同じく濃い紫色に見える。
 そして頭には、大きめの山吹色のリボン。
 おおよそこの家の人間ではなさそうな、その女の子が。
 ……バレエを、踊っている。
 綺麗だ、と思った。
 お友達になりたい、なぜかそう思った。
 そう。
 深い紫の色を纏ったその子は、まるで、まるで。

あざみ(シッスル)

 ぴたり。
 その子は手を上に伸ばしたまま、止まった。
 そして踊るのを止め、つかつかとこちらに歩いてきた。

 おにいちゃん、おにいちゃん。

 そう呼ぼうとするが、声が出ないし、お兄ちゃんにはどうやら近づいてくるその子が見えていないよう。
 私にあと一歩の所で、止まった。
 そして、スカートを持ち上げて、膝を曲げて仰々しくお辞儀をした。

「直接会うのは、はじめましてだね。わたしの名前はアザミ(シッスル)。花言葉は復讐。ようこそ、わたしの報復の庭へ」

 そのまま膝立ちになり、私の小さな左手を取った。

「復讐、したくなったでしょ」
「……したくなんかないよ……? わたし、いま、しあわせだもん」
「強がっちゃって。ほんとは辛くて仕方ない癖に……まあ、いいや。今は復讐の実はまだ青いみたいね。またおいで。……覚えておいでなさいな? 復讐は美味しい前菜(オードブル)。貴女が幸せになるための、美味しい美味しい、ごちそうだよ」

 そして、私の手の甲にキスをした。
 ちくり。
 赤い血がぷっくりと滲んだ。

 ……

「──リッサ、アリッサ」
「ん……」
「寝ちゃってたね、お部屋に戻ろうか」

 そう言うと、お兄ちゃんは私の手を引いた。
 左手の甲には血が、滲んだまま。