それからも、お兄ちゃんは気丈に振舞った。
 お父さん亡き今、七歳にして必死に当主たらんとしている。
 でも、そこはやっぱり、七歳。
 分からない言葉もたくさん。
 取引先に(ふみ)を書こうにも、わからない単語も多い。
 その度に辞書を引くから、文ひとつ書くのに大人の十倍はかかる。
 そして夜は九時になると、お眠でベッドに倒れ込む。

 だからこそ、私、生田有沙(三十九)の出番である。

 幸い、この世界ではまだたったの四歳だけど、字は読めるよう。
 だからお兄ちゃんが寝たのを見計らって書斎に忍び込み、書きかけの書類に注文書、請求書をまとめて、それらをよく見た。
 ふんふん。
 どうやらファーンズワース家は地方の──恐らく領地だろう──自治体や会社に投資をしている、前の世界で言うところの投資会社のような役割を担っている家らしい。
 広告代理店では企画部所属だったけど、毎月の請求はしっかり事務の──あの嫌な御局様の宮地さんだったけど──担当者に回してたから、勝手は大体わかる。

「あ、あー。あー……テステス……本日は晴天なり……本日は晴天なり」

 階下で下宿中の、謎の青年……シャルルさんだったか……
 何かの研究をしているらしいのだが、夜な夜な変な呪文を唱えては、周りの人に煙たがれている。

 煙たがられているのは、私も同じ。
 深夜まで書斎に篭っては、メイドや執事のピエールさんにあれやこれやと命令するのだから。

 数字と睨めっこの私。
 謎の呪文を唱えるシャルルさん。

 深夜の二時にいっしょに起きている、ふたり。
 ひとりじゃない気がして、ほっとする。

 なあに、二十七連勤してたんだから、私。
 お兄ちゃんの為ならこれくらいちょちょいのちょいだよ。
 ね? 生田有沙さん。

 ……

 あれえ。
 朝起きると、お兄ちゃんは不思議そうにデスク周りを見回す。
 夕べ途中だった書類が綺麗にし分けられ、サインはすべてしてあり、必要な書類はすでにメイドを通じて提出してある。
 ふふん、どう? お兄ちゃん。
 有沙が昨日二時まで起きて頑張った成果なんだよ。

「アリッサ、何か知ってる?」

 首を傾げるお兄ちゃんに、私は答える。

「おにいちゃん。このおうちをまもる、ようせいさんがやってくれたんだよ」
「そう……なのかなぁ……」

 七歳のお兄ちゃんは、不思議そうにしてたけど。

「そうだよ。わたしたち、ふたりぼっちじゃ、ないんだよ!」
「……そうだね、きっと僕たちきょうだいを守ってくれる妖精さんなんだね!」

 あ。
 お兄ちゃんの笑顔。

 お日様みたい。
 この笑顔が……
 この笑顔が見たかったんだよ、私。

 ねえ、お兄ちゃん。

 ねえ。