リンクスの村。

 私は今日も水をあげる。
 花壇の花たちを、大切に育てる。
 いったいいつからそうしていたのか。
 もう覚えていない。

 その昔、私は冒険者だった。
 パートナーも居た。
 そのひとは、いつも悔しそうにしていた。
 なんでも、パーティを追い出されたとか。
 だから伝説の黄金の鎧を手に入れるんだと、口癖のように言っていた。
 勇敢なひとだった。
 私をいつも庇い、いつも守ってくれた。

 ある時、私は大怪我をした。
 ちょうど、リンクスの村近くだった。
 あのひとは、私を背負って急いで宿屋に運び込んだ。

 怪我は治った。
 けれど、そのひとは、もう私を冒険に連れていくことはしなくなった。
 とても寂しかったけれど、あのひとが私を好いてくれているのがわかった。

 苦しい、と思った。
 寂しい、と思った。

 私は、村はずれの花壇のお世話をすることにした。
 そうしていると、忘れられるから。
 楽しかった思い出も、愛しいあのひとのことも。

 でも、大切な思い出を忘れようとすることを、天の神様は許さなかった。

 ある夕方のこと。
 夏の暑い日だった。

 夕陽は竜の形になって、空から降ってきた。
 神様はとても怒っていた。
 とても。

 ……

『長らくこの世界に留まると、転生してきた記憶を忘れてしまう人もいるんだとか!』

 ……

 そして私は、気がついたら花壇に水をあげていた。

 いったい、どれくらいの長い間ここにいるのか、もうわからない。
 前はもっと笑えたはずなのに。
 喋れたはずなのに。

 だれを待っているのか、もう──

「おい」

 もう──

「おい、モブ子」

 そう。
 そうだった、私の名前は──

「モブ子ったら」

 そのひとが名付けてくれた。
 チューリップの花束を抱えたその人が。

 ──やっと、やっと思い出した。

「……ただいま」

 私の大切な、アルベルトくん!
 私は彼を、思いっきり抱きしめた。

「おかえりなさい はじまりのむら リンクスへ! みてみて このおはな キレイでしょう」


【第三章.完】