「ハンナ・ベルは、灰になって死ぬ。過去の貴方が、黄金竜を倒さなかったから」

「それで貴方はお願いしたの。わたしのお友達にね、やり直しの神様がいるから。その子に」
「けど、そのやり直した記憶は……」
「ええ。わたしに対価として差し出しちゃってたわね」

「そうか……オレは……ずーっとバカやってたんだな。記憶を対価に、パーティを見返す為だけに生きてきたんだな」

 オレは地に伏せたまま、涙を流した。

「復讐は悪いこととは思わないけど。まあ、そうなるわね。……黄金竜を倒さずして黄金の鎧を手に入れ、パーティにもどった貴方は、故郷のリンクスで、なぜかハンナ・ベルに愛着をもつ傾向にあった。ただのNPCの村娘に」

 ……そうだ。
 オレは、あの子が何故か好きで好きでたまらないんだ……

「こればっかりはわたしもわからない。『やり直し』のあの子なら、わかるかもしれないけど──まあ、それで」

 またオレの前にしゃがんで、デコッパチに人差し指を当てた。

「貴方は復讐の螺旋から、抜け出すことが出来たわけ」

 オレはハッとする。

「じゃあ……この竜を倒せば……!」
「ええ」

 にっこり、笑う。

「貴方はまた、ハンナ・ベルに会えるわ」
「……じゃあ、契約だ、復讐の女神さんよ」
「ふふふ」
「オレは、自分を螺旋に閉じ込める元凶になった、あの黄金竜に復讐したい!」
「そうこなくちゃ!」

 シッスルは立ち上がって両手を開いた。
 とても、嬉しそうに。

「強敵よ。それ相応の対価がいるわ。何にしようかしらね……?」
「そんなの簡単だ。……オレの……」

 オレは覚悟を決めた。
 もう、オレは逃げない。
 逃げたくない。

「オレの、命だ!」

 はああ。
 シッスルは両手でほっぺたを覆って、うっとりした。

「久々の上客! うふふふふ、友達のあの子も、きっと今頃上機嫌でしょうね!」

「さあ、もってけ! ニセモノ勇者の、魂を!」

「ええ、頂くわ。でも、覚えておいて? 復讐は美味しい前菜(オードブル)。貴方が幸せになるための、美味しい美味しい、ごちそうだよ。貴方は必ず幸せになる。してみせるわ」

 そういうと、シッスルはオレの顔を持って、口付けをした。
 ──倒れて動かなくなった身体に、無限の力が宿るのを感じた。

 ……

 一秒後。
 黄金の火炎が、オレのいた場所を薙ぎ払った。

「他愛モナイ……」

 黄金竜は勝利を確信して目を逸らした。
 その時。

「迂闊なやつだ! このオレ様を前に油断なんてなあっ!」

 空高く飛び上がったオレは、竜の心臓に剣を突き刺した。

「グアアッ」

 竜の血は、灼熱の炎だった。
 心臓から吹き出した炎に身を焼きながら、オレは笑った。

「モブ子、ハンナ、見てるか! オレは、オレは今やっと! やっと勇者になれた! 勇者になれたぜ! はっはっはっ!」

 大きな声で笑った。

「はっはっは! ざまーみろー!」

 とても、大きな声で。